日々のことば
自分流・日々のことば「二合半食えるか」 Posted on 2025/06/13 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
青年時代のぼくが日々、奮闘努力する中で、心に携えていたことばがあります。
「起きて半畳寝て一畳天下とっても二合半」
いまだに、よく呟いているので、読者の皆さん、聞き飽きたかもしれませんが、やんちゃだった辻青年にとってこのことばは人生の指針の一つでありました。
どういうことか、と申しますと、
人間、起きてる時だって、畳半分もあれば座っていられるし、寝るにしても一畳もあれば十分寝られる、仮に天下をとっても、毎日食べられるのはせいぜいお米二合半、それで十分、ということなんですね。
いいですよね、うんうん、と頷いたものです。
どうも、禅のことばだということですが、詳しくは知りません。
しかし、このことばから、若いぼくは、いろいろと解釈をしたものです。
チャレンジをして失敗したとしても、畳1枚あれば、そこからやり直せるじゃないか、とか、欲をたくさん抱えても、寝て一畳なんだから、そんなに強欲になりなさんな、とか、贅沢をしようとしても、二合半以上のお米は食えないんだからさ、なんとかなるよ、がんばろう、みたいな、自分を励ますのに、マジで、最高のことばだったわけです。
☆
そうそう、似たようなことばに、
「千畳敷に寝ても一畳」
というのがありますね。
人間は必要以上のものをほしがっちゃいけないね、という教えですが、若い頃のぼくは、畳一枚あればいくらでもやり直せる、と解釈していた、というか信じておりました。
今は、
「おいら、いつだって4畳半からやり直せるぜ」
と仲間たちには言い続けております。
はい、そういう気持ちはいつもあるんです。
正直、やればできる、とは思っています。
でも、そんなぼくの人生の根拠が、畳一枚、なんです。笑。
ぼくの知り合いの音楽業界の大先輩にL子さんというプロデューサーの方がいます。ほぼ同世代ですかね。
この人、若い頃、よく殴り合いのけんかをした仲でしたが、この人に言われたことがあるんですよ。
「辻さん、あんたね、とりあえず屋根もっとき。小さな屋根でいい。屋根さえあれば、なんとかこの波乱万丈な世界生きていけるんだから。屋根!」
京都の方なんですけれど、屋根をたくさんもっていらっしゃいました。パリにも屋根持ってましたね。
そして、よく喧嘩した仲間ですから、戦友みたいな感じもあります。時々、彼女のこのことばを思い出すんですね。
「小さくても屋根さえあれば、生きていけます」
これは、家なんか、まだ買えない若い頃のぼくに、刺さって、響くことばでした。
屋根か、たしかに、屋根があれば、好きなことできるなー。
「起きて半畳寝て一畳天下とっても二合半」
だけれど、
「小さな屋根持っとき」
の屋根は畳一畳と同じ意味だったんですね。
それさえあれば、生きていける。
このなんでもないことばに支えられて、向こう見ずにも辻仁成は創作の海原へと飛び出していったわけです。
いやはや、いまだ溺れかけていますし、よく遭難をしますが、波打ち際に打ち上げられるたびに、「畳一枚、小さな屋根」と自分に言いきかせて頑張っています。
それ以上はいらない、でも、それだけは確保しとけ、ということでしょうかね。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「畳一枚、小さな屋根」
今日のごはん。
えへへ、「おろしハンバーグ」
出版のお知らせです。
電子書籍の新刊「永遠者」が配信となりました。
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そして、展覧会のお知らせ。
・辻仁成の個展開催
7月9日から、三越日本橋本店、コンテンポラリーギャラリーで、※ 初日、7月9日だけ、混雑をさけるために、入場抽選があります。それに関して、以下のURLからご確認ください。
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https://www.mistore.jp/store/nihombashi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews0696.html
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7月23日から、岡山天満屋本店美術画廊にて。
10月13日から、パリ、マレ地区にある画廊、20THORIGNYで2週間、開催いたします。出没しますよ!
・日々のことばを、生放送ラジオで、ツジビルは毎月3回、5の付く日にオンエアー中。
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おっす。えいえいおー。
posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。