ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「新しい生き方を選ぶ」 Posted on 2026/06/11 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さっそく、辻村の相談窓口を開かせて頂きたいと思います。
様々なご相談がきております。

匿名希望Hさん
「辻さんは作家だったのに、最近はすっかり絵描きになられました。もともとミュージシャンだったのに、最近、このサイトを通して辻さんに関心を持つようになった者としては、その切り替え術が不思議でなりません。まず、一つは、絵が仕事になって変わったことはなんでしょう? それから二つ目に、実はわたしも転職を考えているんですが、思い切った切り替えをやる勇気が今一つもてず、続けてきた仕事に不満を持ちながらも齧りついている状態です。長いこと投資会社に勤めていて、それなりの技術もありますし、自立できるだけの仕事はしてきた自信もあるんですが、贅沢な話ですが生き甲斐がもてないのです。わたしも学生時代からやりたかったことがありまして、演劇のプロデュースのような仕事なんですが、でも、かんたんなことではないというのはわかっています。自分の職業を変えるためにまずしなければならない基本的なこと、きっかけ、心構えを知りたいです」

辻村相談窓口、「新しい生き方を選ぶ」



辻村相談窓口、「新しい生き方を選ぶ」

おこたえしまーす。

「まず、最初の質問へのおこたえですが、絵描きを一つの仕事として認識した折に、自分が変化したことをお話させてもらいます。絵を生業にするようになって、一番変化したことは、「空の見方」でした。空だけじゃないんですが、人の見方、夜の見方、など、目を通してそれをどう表現するか、ということで、その中でも特に「空」への認識が大きく変わりました。それまではただ頭上に広がる空域でしたが、今は、空がただ一つのものではないことをものすごく意識するようになっています。たとえば、流れる雲だけでも見飽きることがありませんし、その雲の向こう側から差し込む光、夕方の赤い空、陽が沈んだ後の紫色から黒に移り変わる時の空、朝陽が昇り始めた時の空、嵐の日の空、分厚い雲に覆われた空、とそこにはただの空があるわけではないことに気づかされ、その都度、ぼくは、それをどうやってカンバスに描いていけばいいのかを熟考するようになりました。それは空だけじゃなく、海もそうですし、植物もそうですし、人物もそうです。カフェのムッシュと話している時、そのムッシュの顔をどう描写するとこの人の裏側の物語を表側に引き出せるか、と考えている自分に苦笑したり。たぶん、小説家としてのぼくが人物を捉えようとしていたので、そこには共通性があるんですが、「空」とか「海」は描き方に直接関係してくるので、青空に浮かぶ雲一つとっても、背景だったり、流れる風だったり、反射する光の効果まで必死で追いかけている自分がいて、これはとっても面白いです。今はノルマンディの田舎にいるせいか、空は無限に変化しており、目が離せません。先日、ここでお話をした「夜のスケッチ」という作品などは、夜の街に出て行き、カフェとかに座って、交差点に降り注ぐ街灯の光などを描いているんですが、普通だったら素通りするような風景も、絵描きとして見ていると、こんなに違うのか、と驚かされています。作家の時は、その詳細についてまでは追及することはありませんでしたが、今は月光を反射する石畳のかげの位置とかまで、細かく分析している自分がいるのも面白いです。絵を生業にするようになって、世界の見方が大きく変化しました。このことは小説にも逆に強い影響を与え始めています。もちろん、音楽にも。笑。

二つ目の質問へのおこたえですが、これまでやられてきたことが、無意味ではない、ということをご自身で強く持っていれば、これから新しい世界に飛び出すとしても、心強いバックボーン、経験がある、ということになります。自分の人生ですから、どうしても今の仕事が不満で、自分が生き生きと出来ない、ここは違うと思い続けているのであれば、バックボーンを信じて、大きな変化へと舵を切るのも一つの手だと思います。転向は、これまで歩いてきた道の先に新たな道を作る、ということでいいと思います。投資の仕事なら、ま、経験があるわけですから、また戻ることも出来るかもしれないので、その辺は、微妙な匙加減でご調整ください。必要なものが、お金なのか、安定なのか、生き甲斐なのか、で意見は分かれるとは思いますが、もしも、「飛んでみたい」と思う自分がどこかに潜んでいるのであれば、周到に計画を立てた上で、そのためにやれることを一心不乱に実行に移すのがいいかもしれません。ぼくは過去、たくさんの絵を描いていましがそれを職業にしたいと思ったことはありませんでした。でも、転機が訪れます。
コロナ禍の時に、フランスはロックダウンになり、日本にも戻れないし、家からも出られない。そこで、ぼくは倉庫にしまってあった作品を引っ張り出し、覗き込んで考えました。それを仕事にしようと思ったわけじゃないんですが、一筋の光が見えた、気がしたんです。そういうの、大切にしています。で、次の瞬間、やってやるか、と自分の心に言い聞かせていました。絵描きになろうと思ったのじゃないんです。やってやろうか、と思っただけです。パリを出る決意をした、ちょうどその時、ロックダウンの中で悶々としている自分じゃない、自由な自分をイメージしたわけです。そして、ノルマンディのアパルトマンでそれまで描いてきた作品を次々形にし、仕上げていきました。コンサートは出来そうになかったですし、実際、コロナのせいで、コンサートが三度も延期になりましたし、現実が小説を超えていましたからね、小説を書く感じにもならなかったので、ぼくは家から出られるようになるまでともかく絵を描いてみようと思って、子供の頃からの夢へと戻って行ったわけです。それで、あの時期、一気に作品が仕上がりました。100点くらいが、納戸の中に積みあがったんですね。それを長年の友人、日本画家の千住博さんに見せたのが、この世界へ踏み込む大きな転機となります。もう十分に作品がありました。予想外なことに、コロナ禍が終わった時には、個展がスタートしていました。コロナ禍でどこにも出られない時代に心の中を開放して没頭したのがこの新しい創作でした。もちろん、ぼくは作家や映画監督やミュージシャンとして出来不出来は大いにありますが、ある程度キャリアがあったので、そういう表現の影響をぼくの絵画は強く受けています。いくつものレールを走らせてきたので、絵描きのレールは新しいですけれど、一からというよりも、それらのレールの延長線上にあるように思います。バックボーンですね。一心不乱に描き続け、パリと東京で個展が動きだし、作品が引き取られていき、今、手元にはほとんど自分の作品のストックがない状態です。ご自身のバックボーンを信じるべきです。あなたが転職をしたいのであれば、これまでの自分が歩んだ道は無意味ではなかった、役立たせる必要があると思ってください。お金にはならないかもしれない、でも、生き甲斐を求めたいのであれば、好きな方へと舵を切り、生き生きとした自分を取り戻し、かつての自分とも和解し、その経験を利用して、さらに広い海原へと出奔されるのがいいのじゃないでしょうか。そのためには、これまでの経験を自信に変えて、挑むのがいいかと思います。経験を自信へ・・・。えいえいおー」

辻村相談窓口、「新しい生き方を選ぶ」



父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
母さんが元気になってきて、まもなく、退院をし、リハビリの施設に一度うつります。本人は早く家に帰りたいようですが、弟一人でお風呂などに入れることが出来ないので、もう少し足腰に力が付くまでリハビリをしないとならないようです。「わたしは元気ったい!」と叫んでいるんだとか、笑。
人間はだんだんと年を取りますね。ぼくもさすがにもう若くない、と思い始めています。今日は三四郎と何キロも歩きました。健康はお金では買えないので、頑張ります。

8月5日から11日まで、三越日本橋本店、特選画廊にて、辻仁成展「鏡花水月」、三越を辻美術館に変えます! 入り口から入り、出口から出る個展。
10月22日から25日、パリ、コンコルド広場でのモダン・アートフェアに出展。コンコルド広場特設会場にて。パリはアートフェアの時期です。
11月5日より、リヨン市で個展。先日、第18回リヨンビエンナーレに公式参加が決定しました。リヨンはこの時期、リヨン・ビエンナーレの時期です。

新しい作品が美術サイトにならびました。ご興味のある皆さま、こちらをクリックください。

辻仁成 Art Gallery

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新しいポスターです。空の絵です。あはは。

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