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パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」 Posted on 2026/04/24 Design Stories  

 
パリのベンチ文化は興味深い。本来のベンチは、「ちょっと休憩するため」にあると思うのだが、パリのそれは休憩というよりも、もう少し長く「滞在するため」に置かれているように感じる。
 

パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」



 
疲れたから少し腰を下ろそう ‥‥ではなく、ベンチに座ること自体が目的で、公園に赴くこともある。たとえば、週末の日のリュクサンブール公園。パリの公園や庭園には、動かせる一人用の椅子があって、好きな場所に持っていったり、日なたに寄せたり、木陰に逃げたり、また誰かと向かい合わせにしたりと、その時の気分で自由に配置することができるのだ。
 

パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」

パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」

 
座り方の自由が用意されているのは、フランスに来て小さく驚いたことの一つだった。 しかも、ベンチに座っている時間がなぜだか長い。あたたかい春になるとこうした人々がぐんと増え、ピクニック、読書、日光浴と、それぞれが思い思いに椅子に腰かけている。

この椅子は、重すぎず軽すぎない重量感で、安定感があり誰にとっても動かしやすい。使用方法にハッキリとした決まりがあるわけではないが、使ったら元の位置に戻したり、譲り合いの声かけをしたりなど、何となくのルールも共有されている。そうしたゆるい合意の上で成り立っているところも、パリの小さなベンチ文化の一つだと思う。
 

パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」

※ペタンクの広場

 
ちなみに先日、同じくリュクサンブール公園を訪れたときには、フランスの国民的スポーツ「ペタンク」の練習試合が行われていた。見ると、砂場のまわりにやはりたくさんの椅子が‥‥。これらは元々、そこに設置されていたものではなさそうだったが、みな椅子を持ち寄って楽しそうに観戦していたことに、自由なフランスらしさをあらためて感じてしまった。
 



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※画材を置くにも便利なベンチ

 
もちろん、一人掛けの椅子だけではない。休むためのベンチはパリにさまざまあって、そのデザイン一つ一つにちょっとした工夫が見られる。
中でも有名なのは、「ダヴィウ式ベンチ」 だろうか。いわゆるパリジャン・グリーンの色合いで、パリの通りの至るところに設置されている。これは19世紀半ば、パリ市の主任建築家だったガブリエル・ダヴィウがデザインしたものだという。
 

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※ダヴィウ式ベンチ

 
ダヴィウ式ベンチは一般的なベンチとは違い、背もたれが背中合わせになった「二重構造」をしている。一度に最大6人が座れて、通りの両側、それぞれに異なる景色を眺めることができる。 写真では少し見えずらいのだが、鋳鉄の脚の中央に「パリ市の紋章」があしらわれていることも特徴的である。

ダヴィウ式ベンチができる前のパリでは、街中で座ることがあまり上品ではなかったそう。しかし、このベンチが一定間隔で設置されたことで、「通りで休憩する」という人々の新しい感覚が根づいていった。ベンチは現在でも製造・修復が続けられていて、木製部分はパリ市の工房で、脚はオート=ガロンヌ県のデショーモン鋳造所でつくられているという。
 

パリ・カルチャー情報「パリのベンチがつくる、滞在とフラヌリーの風景 」

 
一方で、変わり種のデザインもある。パリ6区のガブリエル・ピエルネ広場にある、“本の形”をしたベンチだ。こちらはカルチエ・ラタンと並び、文学の街として名高いパリ6区を象徴するものとして設置されたのだとか。桜の花びらが舞い散る今の季節には、特別にこの場所でひと休みしたくなる。

なお、パリのベンチは先端に丸みがあるところも印象的。ぶつけても痛くなく、実はストッキングに引っかかりにくいという、やさしい設計になっている。
 



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※デザインも色々、パリ5区・バルザック像前のベンチ

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※芸術橋の中央にあるベンチ

 
こうして、ベンチは長い時間をかけて、パリらしい概念である「flânerie(フラヌリー)」の中心的な存在になっていった。
フラヌリーとは、目的もなく街を歩くこと、ゆっくり歩きながら、風景や人の気配に目を留めること。 “そぞろ歩き”にも近い、フランスの美意識だ。緑色のベンチは、そんなパリの「ひと休み」を支える存在でもあった。(ち)
 

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