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パリ最新情報「観客収容率65%で取り戻した劇場の賑わい」 Posted on 2021/06/26 Design Stories  

フランスの文化関係者は、これまでずっと「耐えて」きた。なにせ昨年10月末から、映画館も劇場も美術館も閉まったままだったのだ。5月19日からようやく再開したものの、客席数は35%が限度だったため、チケットは争奪戦……。しかし、ワクチン接種の進行とともに事態は劇的に改善し、6月9日からは観客の収容率も65%までアップしたことで、一気に空席が増えた。劇場に賑わいが戻ってきた。

パリ最新情報「観客収容率65%で取り戻した劇場の賑わい」



さて今日向かったのは、バスティーユ劇場だ。日本でいえば、下北沢の小劇場のような雰囲気。客席は150名程度だが、先鋭的な演劇作品をプログラムしていることに定評がある劇場でもある。今日の演目は、ベルギーの有名俳優による二人芝居。演目は、ヨン・フォッセというノルウェーの作家の謎に満ちた作品だ(「わたしは風」)。

衛生管理のため、「開場は10分前」というメールが前日に届いていたのだが、5分前に劇場に着いたときには、すでに全員が着席していたらしく、チケット売場では名前も言わずに予約していたチケットを「ボン・スペクタークル!(楽しんで!)」と言って渡された。きっと待ちきれない様子の観客を見かねて、少し早めに開場したのだろう。普段、フランスの劇場は20時か20時半開演と相場が決まっている。しかし今日は19時開演。こころなしか、客席の年齢層も高い。現場では当日券販売はなし、予約のみとなっている。



もちろん会場内はマスク着用だが、「65%」収容の客席は、「35%」収容の客席とはまるで雰囲気が違う。昨年10月に劇場が封鎖される直前も、客席はかなり制限されていたから、劇場の賑わいそのものが、とても久しぶりに感じられる。演劇は、観客と俳優の共犯関係から生まれるアート。そのためには、やっぱりある程度の「密」は必要なのだ。

開演前にひそひそとささやかれる芝居の話。「あの作品見に行った?」とか「この作品は昔誰々が演出をした」とか、そういう会話が前後左右から聞こえてくるだけで、すでに劇場は楽しい。日本と違って、知らない人どうしで盛り上がってしまうことも多々。映画館ともコンサートとも違う空間。芝居好きは、開演ギリギリまで芝居の話をするのだ。

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ふたりの俳優は、開場したときからずっと舞台の上にいた。開演前にかかっていたスロージャズのナンバーがライブ音源だったため、客席に向かって「あれ、もう終わった? 早くていいね」などと笑いをとる。「今日の芝居は1時間くらいなんだ。ディレクターは、40分くらいだと客は全員満足してくれるって言うんだが」などと、少しずつ客席と俳優の「共犯」関係が結ばれていく。

ひとりの男が「風のように軽くなりたい」「静かなところにいきたい」「言葉はただあるだけ、何も意味しないから」「あそこに海が見えるだろ?」のような謎めいたセリフを呟く。もうひとりの男がそれに戸惑いながら、「それはどういうことだ?」と質問を重ねていく。静謐で美しい詩のような作品だった。舞台装置はなし。ふたりの言葉だけが、観客の心に見えないものを少しずつ浮かびあがらせていく。



正直、途中まで何の話をしているのかわからなかったが、そういう「わからない」という体験も劇場ならではともいえる。それがまた話のタネになる。もしかしたらあれはコロナで死んでいく人間の精神を描いたものだったんじゃないか。帰り道にふと、そんなことを考えた。もちろん、劇作家がこの作品を書いたのは10年前のことなのだけど、素晴らしい演劇の言葉はいともたやすく時空を超えてくる。

劇場を出ると20時すぎ。まだまだ日暮れまでは2時間ほどある。バスティーユ劇場がある「ロケット通り」も、やはり下北沢のような雰囲気で、若者たちで賑やかなことこの上ない。バカンス目前、ようやく日常が戻りつつあるパリ。27、28度近くまで気温が上昇したかと思えば、15度くらいまで下がったりもするが、この日は夕方から気温が上がり、街中のカフェの座席は「アペロ」(夕食前の一杯)の客で埋め尽くされていた。(掘)

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