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退屈日記「人生が停滞しそうな時に、その停滞から脱出する方法」 Posted on 2021/03/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、生きていると、落ちこんだりやる気が出たり、死にたくなったり生きたくなったり、動けなくなったり行動的になったり、好きになったり嫌いになったり、いろいろと行きつ戻りつがある。
人生はままならないものなので、思い通りにならないと人間は、落ちこんだり、動けなくなったり、死にたくなったりするものだ。
調子のいい時と悪い時が交互に押し寄せてくる。
そこで、ぼくはある時から、夢を列車にたとえて、夢を見る時は必ず、2,3本の夢を同時に走らせておけ、と自分に言い聞かせるようになった。
一つの夢が暗礁に乗り上げることはよくあることで、そういう時、その夢と一緒に撃沈しないために、である。
人生というのは長いレースだから、短期決戦で絶対に考えてはいけない。
人間だから調子のいい時もあるし、調子が出ない時もある。一つの夢が全てだとその夢が実現しなければ、ぼくも終わる。
あの手この手で、乗り越えろ作戦である。



地球カレッジ

いろんなことに手を付けなさいというわけではない。
大事なのは負の連鎖につかまって、夢を描けなくなることは避けたい。
勝負とか成功とかお金とか栄誉とか、そういうものから遠いところに、自分の聖域のような夢を持っておく。
これはとっても大事なことだ。
実は、長年、取り組んできた小説が暗礁に乗り上げ、今、停滞している。
そういう時に、一緒になって停滞していても意味がない。
なので、ぼくはクラシックのギターの練習に没頭することで、小説から一時期離れることになった。
実はモーリス・ラベルの「ボレロ」を弾けるようになるのは、その長編小説の停滞がきっかけであった。
コロナ禍になり、撮影に入っていた映画「真夜中の子供」の制作会社がコロナで経営が厳しくなり、コロナが去って経済が動き出すまで映画は暫く動かなくなった。
子役の子たちはその間も成長を続けているので、もう、同じ形での撮影は難しい、かな。
監督のぼくがどんなにやりたくても、現実がそれを許さないこともある。
気を揉んでもしょうがないので、ぼくはその間に、違うシナリオを、もちろん、計画など何もないけど、いつかのために書き始めた。
博多の山笠も今はコロナで出来ない。
ぼくは監督料を全額、制作会社に返金し、資金繰りに充てて貰ったけれど、ま、あとは神様に祈るしかないのである。



次へ向かう夢の力で、この停滞を乗り切るしかないから、まずはぼく自身がダメにならないために、新しい創作、次の世界へと向かっている。
でも、こうやって、一つの夢がダメな時に、新しいレールを敷いて、新しい夢列車を走らせていくことで、停滞を回避することが出来るのだ。
夢の二段構え、三段構え、夢の御重箱、夢の五重の塔計画なのである。



一昨年、オーチャードホールのコンサートが台風の直撃で延期になり、その後、コロナの大流行で再び延期になった。
現在は次のライブにむけて、でもかなり中途半端な日々だけど、こういう時は人類みんなが同じ停滞にあるのだから、騒いでも仕方がない、と自分に言い聞かせて、自分がやれることをやれる範囲で地道にやっている。
まずは日常をしっかりと生きること、毎日、一時間は歌うことで、毎日、机に向かうこと、キッチンに立つこと、いつかやれるライブを夢見て生きる、ということに気持ちを切り替えている。
とにかく、ネガティブになることがよくない。そこでぼくは日々に逃げた。
夢が実現できにくい時代になったので、遠くの夢を描かず、毎日の生活の安定化に努めている。
ぼくは料理を作った。
コロナ禍だけど、大学受験を控えた息子を社会に送り出すことに夢を見るようになった。
毎食に勢力を注いでいる。
今は目標が一瞬消え失せているけれど、ぼくは美味しいごはんを作ることで、日々の創作&生きる気力を維持している。
いくつものレールの上を走る列車を乗り換えながら、生きる気力のバランスをとりながら、がんばっている。
夕飯の時に、息子とテーブルを挟み、今日一日のことを話す。しかし、そこにはささやかながら、大事なことがある。
感動や笑いや愛がある。
そのうちそこから、新しい希望の芽が吹き、いつかそれは大樹に育つのである。
どんなに停滞している時であろうと、日々をコツコツと生きることの大切さが、逆に、ぼくを停滞から掬いあげているのである。



退屈日記「人生が停滞しそうな時に、その停滞から脱出する方法」

ぼくは今日、クラシックギターのナイロン弦をかえた。
見てほしい。
一弦から巻き付けて二弦の下に一弦の先を潜らせて、二弦で固定し、これを六弦まで順繰りにやって、弦が緩みにくくしている。
このやり方はフラメンコギターの名手が使ってるギターをのぞかせて貰い、自ら試行錯誤を繰り返す中で、到達した技術である。笑。そんな偉そうなもんじゃないけど、…
この弦の張替えをマスターすることで、夢は繋がったし、張替えが上手にできたことで、ライブへ向かう新しい気力も湧いてきた。



自分流×帝京大学