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滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」 Posted on 2021/06/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、まず、最初にプロジェクトXのことを説明しないとならない。これは今、パリの謎の若者たちがインスタで呼び掛けて、パリ中心部の広場にもの凄い数の高校生、大学生などが集まり、意味もない集会を開くという謎尽くしのイベントで、しかし、数えきれない若者が集まり、何も起こさないと言いながら集団になることで、車の上でダンスをしたり、社会風紀を乱したり、交通妨害をして、新たな問題となっている。この中で盗みを働いたりするものも出た。それが先週の土曜日にあったのだ。実は、今日もあった。
警察が彼らを解散させようと必死なのだが、子供たちの集団は数で圧倒し、数千人規模に膨らんでいる。実は、息子がぼくの不在時に家に招きあげた先輩というのが、この集会に参加した連中だった。騒ぎが大きくなったので、怖くなって、うちに逃げ込んできた、ということだった。断れなかった、というのは、上下関係もあるのだろう。今日、第二回目の集会があり、パリの中心部が若者たちに占拠された。その一部が警察に蹴散らされ、うちの地区のような狭い路地にもなだれ込んできたのである。その時の写真をご覧いただけば分かるが、いわゆるギャング系の若者じゃなく、みんなどこにでもいるような普通の子たちなのである。その辺の公立とか私立に通う、たぶん、いいとこのぼっちゃん、お嬢さんたちなのだ。でも、だからこそ、怖いものもある。集団になることで、犯罪に近いことも起きて、警察がビデオカメラなどで車を破壊した者などを、特定、割り出しをしている。

滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」

※、こういうのに巻き込まれると車は動けなくなる。



滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」

地球カレッジ

今日、昼過ぎ、息子と話し合った。あれ以来、ずっと部屋が暗かった。
雨戸を締め切り、灯りを消して、静かにしていた。
ぼくが今までにないくらい激しく叱ったので、息子はどうやら、落ち込んでいた。でも、そういう先輩たちを家に上げたのは大きな間違いだと今は気が付いているようだった。
「ぼくを殴って」と謝りに来たけど、「失った信頼はそんなことじゃ回復できないぞ」と言ってやった。
なので、彼は父親に叱られ、辛くなったのだろう、昨日は、バカロレアの大事な仏語全国試験日だったが、ご飯を一日食べなかった。
しかし、断絶というか、こういう状態が続くのはよくない、と思い、ぼくは頃合いを見て、彼の部屋に行った。
「ちょっといいか?」



息子は暗い部屋の中、ベッドに座って携帯を弄っていた。
ぼくはベッドに腰を下ろし、
「あのな。昨日は何も食べないで試験に挑んだのか?」
とまず、訊いた。試験は14時から18時までだった。彼が出ていったのは、昼食前、11時半だった。
「食べたよ。シーマと、マクドナルドで」
シーマというのは彼の友人の中ではしっかりとしたお嬢さんで、医者を目指している。息子にとったら、お姉さんのような存在だ。
「なんで?」
「理由は二つある、パパは、もうぼくとご飯食べたくないだろうなって思ったから、それと、今度のことをシーマに相談した」

滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」



「じゃあ、もう一つ聞くけど、試験は18時までだったのに、21時まで何をしていた?」
「シーマとグレゴアと三人で話し込んでた。公園で」
「なんで?」
「ぼくはどうするべきか?」
「で?」
「・・・・」
それは答えなかった。
「試験はどうだった? ちゃんとできたのか?」
「うん。大丈夫。出来たと思う」
「そうか」
ぼくは、座りなおした。でっかい赤ん坊のような息子の方を見下ろした。ぼくよりもうんと大きくなったけど、髭も生やしてラッパーみたいになったけど、ぼくからすると、10歳の時の小学生の息子のままなのである。
「あのな。パパは、別にもう怒っちゃいない。パパは君とごはんを食べるのが大好きだから、そこは勘違いすんな。ただ、嘘というのは、嘘をつくのに慣れると嘘が当たり前になってしまう。平気で嘘をつく人間になっちゃだめだ。嘘はついちゃだめだ、とブレーキを掛けられる人間になることが大事だよ。君は、平気で嘘をつくやつを友だちにするか?」
「・・・」
「だろ? まず、パパに嘘をつくのは人間として許されないという一つの決めごとを作りなさい。それが守れたら、それを友だちに広げるんだ。自分が大事な人には絶対嘘はつかない人間になっていく。それだけで世界はかわる」
「・・・・」
「それから、大事な話しがある」
「なに」

滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」

※ 理由なき反抗なのである。



「君は9月から高校三年生になる。1月に18歳になる。フランスでは成人になる。そして、6月にバカロレア試験があり、大学受験となる。そこで君の人生が決まる。80歳まで生きるとしよう、今ここで頑張らないと君が希望する大学には逆立ちをしても無理だ。プロジェクトXで大騒ぎをする先輩たちは君の人生なんか関係ないから、試験前でも遊びに来て好き放題やる。恋人も別に毎日が楽しい方がいいから、君を引っ張りまわしたい。一番大事な一年なんだ。君はフランスで生きる日本人だ。ここに親戚はいない、コネクションもない。実力がないとこの国で自分の居場所さえ作れない。残念なことにパパは61歳だ。君をいつまでも支え続けられない。まず、今は頑張れ。来年の6月以降なら、どんな友だちと遊んでもかまわない。恋人に振り回されてもパパは何も言わない。でも、今のままじゃ、君はここまで積み上げてきたものを一瞬で失ってしまう。あの先輩たちは君が失敗しようが関係ない。だろ? パパが言いたいのは、それだけだよ。もしこの忠告が分からないなら、それも君の選択だから、もう何も言わないよ。好きに生きろ。でも、やばいと思ったら、まだやり直すチャンスがある。シーマに聞いてみろ。ぜったい、パパと同じことを言うだろう。今は、自分の目標に向かって必死になってほしい。たぶん、この夏休みが大事になる。パパはもうこれ以上言わない。パパは心配し過ぎる過保護の親にはならない。これからも普通に田舎に行き、パパはパパの人生をエンジョイする。それはパパの人生だからだ。君は自分で自分の人生を乗り越えないとならない」
ぼくは言い終わると、立ち上がり、子供部屋から出た。
あ、出る前に、息子の頭に手を乗せ、ごしごし、としてやった。ほんの一瞬だけど、口元が緩んだように、見えた。ぼくはそれでも、この子のピュアな優しさと強さを信じている。

滞仏日記「思春期の息子とサシで真剣にこれからのことを話し合った」

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