JINSEI STORIES

退屈日記「鍋の季節。親子の会話のチャンスをうかがう父ちゃん」 Posted on 2021/10/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、このところ、ちょっと油断しているな、と気を付けているのが「コロナ」である。
衛生パスの提示が定着したので、気が緩んでいるというか、秋だし、ちょっと人の多いレストランなどに行く機会が増えたが、コロナ感染者数は減ってはいるのだけど、下げ止まり傾向にあり、コロナはまだ消えたわけじゃない。
「用心しなきゃ」と自分に強く言い聞かせているところである。
※寒くなれば、フランスは第五波に襲われる、と警告する専門家がいる。
しかし、それにしても東京の感染者が不意に40人とかになったのは、驚異的で、こちらでも話題になっている。
ワクチン接種率が増えたからかもしれないが、日本人の真面目な気質とワクチンの相乗効果なのか、この急激な減衰の勢いは欧州では聞いたことがない。
日に5000人も出ていた感染者があっという間に40人っていうのが、すごい。
専門家の人には、この理由を調べてもらいたい。
もしかすると、感染症を克服するためのヒントが日本の急激な感染者率の激減に隠されているかもしれないからだ。

退屈日記「鍋の季節。親子の会話のチャンスをうかがう父ちゃん」



さて、親子喧嘩も何とか乗り越え、受験へとまい進する息子を支える父ちゃんの人生にも、緩やかな季節が訪れている。
年明けからバタバタとしだす、その直前の台風の目のような静けさという感じもある。
腫れ物に触るような感じで、息子との距離を保っている父ちゃんだが、実は聞かないとならないこともいくつかある。
彼は志望校を10校絞り込み、その中でも特に強く志望する大学の説明会に行かないとならない。
11月以降、学校側との親子面談もある。
この話しが全く進展していないのである。
しかし、いきなり、子供部屋に乗り込んでいって、「どうなんだ?」と訊くと前回のような大喧嘩に発展するかもしれず、ここは用心をしている父ちゃんなのであった。

退屈日記「鍋の季節。親子の会話のチャンスをうかがう父ちゃん」



そこで一計を案じた。
こういう時、日本人はやはり、鍋コミュニケーションという手段を持っている。
鍋をみんなでつつけば、分かり合える、という古来からの風習を利用させてもらうことにし、父ちゃんは「鳥団子と生姜の鍋」の準備に勤しんだ。
寒くなってきたので、鍋が心を温めてくれる。
温まると、ギスギスした心も緩む。
そうなると、志望校の話しも出来るというものである。
とまれ、父ちゃんは、新参者の冷蔵庫君、通称「べコちゃん」と相談をした。
「なぁ、べコ。今日は何鍋が出来るかね?」
「そうっすねー、あっしが思うところ、白菜、大根、ニラがありますし、鳥のミンチがあるし、生姜もあるので、鳥団子鍋ですかねぇ」
※ 妄想です。

退屈日記「鍋の季節。親子の会話のチャンスをうかがう父ちゃん」



ということで、土鍋を取り出し、出しを丁寧にとった。
息子は仲間たちとネットゲームに興じて、大騒ぎをしている。仏語が飛び交う辻家・・・。
野菜をカットし、鳥団子のタネも作り、大匙を使って、丸めた鳥団子をスープの中に落としていき、その上から白菜やニラを積んで、見た目は博多のもつ鍋みたいなものを作って、親子成員2名で囲むことになる。えへへ。
この湯気感、香り、湿度、ああ、日本だよなぁ・・・。幸せ。
「ごはんだよー」
大きな声で息子を呼んだら、のそのそ、とでかいのがやってきて、口元を緩めた。
「なんか、今日は鍋だろうなぁって予想していたんだ。当たった」
お、機嫌がいい。これは会話のチャンスじゃ、あ~りませんかぁ。
昨日のネットニュースで、「社長のおごり」というジュースの自販機が日本でヒットしているというのが、あった。
二名の社員が集まるとタダ(だったかな)でジュースが飲めるという自販機で、これは会社内の人間関係を円滑にするための仕掛けなのだ、という、・・・。
へー、そこまでやらないと人間関係が構築できないんだ、と驚かされる記事であった。
コロナで、自宅待機が増えたことで社員間での意思疎通がうまく測れない時代になったのであろう。
うちは鍋で、家族間の絆を深めたいと思い、父ちゃん、手塩に掛けて鍋を作ったのだった。

退屈日記「鍋の季節。親子の会話のチャンスをうかがう父ちゃん」



鍋は大変美味しく、鳥団子ははんぺんのような柔らかさで、大食漢の息子君、ペロッと、食べてしまった。お見事!!! え?
5分とか、10分とかの勢いで・・・つまり、会話をする間もなく、
「あー、美味しかった。ご馳走さま~」
となり、彼は自分の部屋に戻っていき、待たせていた仲間と再びゲームをやりはじめたのである。
何事もなかったかのように、明るい仏語が室内に再び響き始めた、辻家・・・。
愕然となった、父ちゃん。
また一人、鍋をつつく秋の夜、いとさみし・・・。

つづく。

自分流×帝京大学
新世代賞作品募集
地球カレッジ