JINSEI STORIES

滞仏日記「近所の少年ニコラ君がまたまた逃げてきたので、ぼくはケーキを作った」 Posted on 2021/12/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、クリスマスが近づいてきたから、そこかしこが、ジングルベルなムードに包みこまれた日曜日、コロナ禍ではあるけど、ちょっと嫌なことを忘れて世の中、とくにフランスは幸せムード満載のクリスマスへと向かっている。
昨日、クリスマスツリーを買ったのはいいけど、玄関前に置きっぱなしになっていた。
今朝、ニコラ君からSMSが入り(最近、お父さんのお古の携帯を使っている)、
「ムッシュ・ドロール(仏語で変なおじさんという意味)。今日は誰もいないから、ママもマノンもデートだから、行ってもいい?」
とメッセージが来た。
ニコラの家は家の前の通りの突き当り、・・・歩いて、5分という距離。
最近、会ってなかったので、どうしているかなァ、と思っていた、ところだった。
大きくなった息子はぜんぜんなつかないのに、血のつながってないこの子だけは、いまだに慕ってくれる。
お姉ちゃんのマノンは前は、年頃の女の子だから、忙しいのだろう、音沙汰なし。
下の階のフィリピンちゃんもこの間、階段ですれ違ったら、見違えるような大人になっていて、え、え、え?、となった。
青年期の子たちは日本もフランスも、どんどん、成長をしていく。
あっという間に、大人だ。

滞仏日記「近所の少年ニコラ君がまたまた逃げてきたので、ぼくはケーキを作った」



ということでいまだチビちゃんのニコラが来たので、イタリアン・ランチを拵え、息子と3人で食べた。(ペペロンチーノの写真を撮り忘れたァ、残念・・・)
「パパが田舎に行ってる時に、ペペロンチーノ作ったけど、世界一まずかった」
とあいつから、久しぶりに話しかけてきた。横にニコラがいるから、一人増えるだけで、なんとなく、家の空気というのは、和む・・・。
へー、おにいちゃん、作れるんだ、すごいね、という顔でニコラが横にいる青年を見上げている。
「ペペロンチーノにはコツがあってね、まず、ニンニクは超微塵にすること。糸引くくらいにやらないとだめだ。唐辛子は必須だけど、アンチョビも一ヒレいれるとうまくなる。それから、大事なのはゆで汁を、一人分なら、おたま半分くらい加えるとねっとりミルキーに乳化するから、今度やってみな」
うちの息子がニコラくらいの時に、二人暮らしがはじまったので、ちょっとした幻影を覚えた。小さな頃の息子がそこにいるような気持ちになる。
あの頃は一生懸命、頑張っていたなァ、と・・・。
子育ても、もう少しでとりあえずの第一段階終了が迫ってるから、ここは、気を引き締めて、(会話がなくても)頑張ろう、と思った父ちゃんだった。
そんなぼくをニコラが見逃さなかった。
「ムッシュ・ドロール。あのケーキ、今年も作るの?」
「え? どれ?」
「二年前、ぼくが8歳の時の誕生日会を、ここで開いてくれたよねー」
「あ、思い出した。じゃあ、誕生日だったの? ってことは10歳になったんか?」
ニコラがにこっと微笑んだ。
その時の懐かしい日記があるから、これは読んでもらいたい。超和みます。(がんばったしなァ、個人的にだけど・・・)2019年、12月5日の日記、ちょうど2年前のことである。早いものだ、もう、あれから2年であーる。
2年前の日記はこちらから↓

https://www.designstoriesinc.com/jinsei/dairy-361/

滞仏日記「近所の少年ニコラ君がまたまた逃げてきたので、ぼくはケーキを作った」



「あの時のケーキが食べたい」
「誕生日会やらなかったの?」
「今年はママもパパもほら、あんな感じだから。友だちとか誘えないし」
涙が出そうになった。
それで、父ちゃん、頑張って、ニコラにケーキを作ってあげることにしたのだ。
いつも作るからお菓子の材料はだいたい揃っている。ないものは、工夫すればできる!
それを持って帰ってもらい、家族で食べればいい。
ニコラが携帯で友達とゲームをやっている間に、父ちゃんは今年も作った。
本当は、クリスマスケーキに適しているのだけど、お祝い事の、場を盛り上げるのにも最適な超可愛いケーキなのである。
焼きあがったパウンドケーキの盛り付けはニコラにやらせることにした。
「ぼくがやりたい」
と自ら申し出てきたので、ついでに、NHK用にそこの部分だけ、本人の許可をとって、撮影(携帯だけど、笑)することにした。
「え? またテレビに出られるの?」
「出られるかどうかわからないけど、やってみる?」
「うん、やる。ぼくね、将来、俳優もできるかもしれないなって、あれから、思ってた」
なんだよ、やる気満々じゃん、・・・Lさん、使わないと怒られるよー。笑。
ということで、可愛い盛り付けの誕生日ケーキが出来た。
残念なことに、ろうそくがなかったので、それは家でやってもらうことにした。
「月曜日から、パパの家に行くんだ。あっちは、もう新しい家族がいるから、ちょっと気が乗らないんだけど、学校は近いから、寝に帰るだけって感じ・・・」
泣き上戸のぼくはまたまた涙が出そうになった。
それで、昔、よく息子にしてやったように、頭をゴシゴシしてあげた。
「寂しい時はいつでもおいで。ムッシュ・ドロールは不滅です」
「ふめつ?」
「あはは」
ぼくらは笑いあった。

滞仏日記「近所の少年ニコラ君がまたまた逃げてきたので、ぼくはケーキを作った」



ニコラは夕方、帰って行った。そしたら、急に寂しくなった。
息子は相変わらず友達とゲームをやっている。
ニコラと一緒にクリスマスツリーの飾りつけをやろうと思っていたのだけど、時間がなくて、・・・出来なかった。
そういえば、毎年、買い集めているオーナメントが地下室にあるので、取りに下りないとならない。
でも、なァ・・・
幽霊が出るからなァ。その話しは、明日にするべか・・・。

つづく。



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