JINSEI STORIES

滞英日記「イギリス人とフランス人の違いが面白かった。いい経験になりました」 Posted on 2023/10/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ライブの翌日だったが、父ちゃんに休みなどなかった。
今日は、ポール卿が今回のライブ映像を利用し、テレビ用のドキュメンタリー番組を制作したいということで、カメラマンのルークさんらとロンドン市内での撮影会となった。
ポールの友人のレイさんがプロデューサーになって、番組を一本作り、どこかの放送局で流したいのだそうだ。
で、かっこつけて街中を歩く父ちゃんの絵を撮ることに・・・。えへへ。
でも、昨日のライブ、頑張り過ぎて頭も痛く、節々も痛いので、ロンドンブリッジとか、バッキンガム宮殿まで行っての撮影は無しになった。
ロイヤルオペラハウス周辺に、かつてポール卿が持っていたいくつかの劇場があり、その辺を歩きながら、ビデオを回した。
ちょうど、ライオンキングをやっている劇場があり、
「ツジーさん、ここね、ぼくが持っていた劇場だったんだ」
とポールが言いだした。
ちょっと寂しげな顔をしたので、ぼくは視線を逸らした。
詳しくは知らないが、彼はある時、所有していた劇場を全部売ってしまったのだ。それで、そのことを後悔している節がある。
前に一度、「売らなければよかった」とつぶやいたことがあった。
興行主でい続けることをやめたことが自分の人生で一番の失敗だった、と言うのである。
ライオンキングのポスターが劇場の壁にぶら下がっていた。(ライオンキングを英国に招いたのがポール卿であった)
それをしげしげと見つめるポールの目が、なんとなく潤んでいるように感じられて、切なかった。

滞英日記「イギリス人とフランス人の違いが面白かった。いい経験になりました」

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短いロンドン滞在だったが、たくさんの英国人たちと知り合い、たくさん仕事をすることが出来た。これは我が人生の中で、はじめての真の英国経験となった。
在仏歴20年の日本人のぼくが見た英国は、ある意味、とても、新鮮だった。
島国だから、日本に通じるものがあった。
フランスはああ見えて、白人社会というよりもラテン系構造を持った複合国家という感じが強い。イタリア、スペインとフランスは似た空気感がある。
田舎とパリはぜんぜん違うので、一言でまとめることは出来ないが、でも、明らかに、ラテンの気質がその根っこにあるのかな。
一方、英国はラテンとは正反対のまさにアングロサクソン社会なのである。
昨日はそれを目の当たりに見ることになった。

滞英日記「イギリス人とフランス人の違いが面白かった。いい経験になりました」

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1時からセッティングとサウンドチェックをしたいと申しでていたのに、ティータイムを理由に、エンジニアのサイモンが16時までやってこなかった。その結果、サウンドチェックが始まったのは17時少し前・・・(18時半開演なのに)。
ラテン系のマリオは怒って部屋に戻った。ブラジル人のジョルジュも苛立っていた。3時間以上、待たされたのである。
でも、英国人スタッフに悪気はない。ポール卿も途中でわんちゃんの散歩に出て(逃げた?)、いなくなった。
誰が仕切っているのかわからないカオス状態に・・・。
17時、サウンドチェックが始まり、普通なら3時間くらいかかるサウンドチェックからリハーサルまでを、僅か、30分でやり終えることになった。
「辻さん、音がとっても良かったです」
終演後、来場された人たちから届いた言葉が彼らの技術の高さを物語っていた。
でも、もう少しゆっくりチェックしたかった、というのが、アーティスト側の本音だった。そうしてくれたら、もっとよくなったのに、とぼくは思った。
もっとも、サイモンだけを見て、英国は語れないが、エリックが「ちょっとクール過ぎる感じがする」と言い残した、その言葉が当たっているような気もした。
めっちゃ紳士だし、真面目だし、凄い仕事をするのだけれど、なかなか、感情を表に出さないのだ。
ラテン系のマリオとか、呆れるような冗談しか言わないし、ジョルジュもブラジルのサンバ気質だから感情を前面に出して来るが、サイモンも、彼のスタッフも、みんな、じっとクールに静観して、探っている。(実は、ジョルジュもエリックもマリオもみんなフランス国籍を持っているのだ)
「今は静かにして」
サイモンが、ジョルジュに意見を言った瞬間があり、周囲はひやひやしたが、動じないサイモンと、大人の態度で堪えたジョルジュはあまりに正反対であった。
プロデューサーのレイ(ルークのお父さん)はポール卿の友達で有名なプロデューサーなのだけれど、彼は控え目で、個人の強い意見を表に出さず、冷静に分析するタイプで、ある意味、日本人的な感じもあった。
エリックがサイモンに感じた「クール(冷たい)感じ」は、きっと、冷たいからじゃない、と思った。これは、ラテン系とアングロサクソンの大きな考え方の違いに過ぎない、とぼくは感じた。
ライブをやっている時、一度、ぼくはサイモンと目が合った。
その時、彼ははじめて、本当に一瞬だけれど、クールな顔を崩し、口元に笑みを見せてくれたのだ。2ステージ目の中盤くらいの出来事だった。
「ツジー、サイモンが興奮していた。君たちの音楽を絶賛していたよ」
ライブの後、ポール卿がやって来て、そう言ったのだ。興奮しているようなそぶりは見せない。彼のクルーも、映像チームも、ライブハウスの人たちも。
でも、お客さんはホットだった。
見かけの温かさを演出しないで、最後まで冷静に仕事をし、自分の時間を守ったサイモン。実は、ぼくらの音楽にふれて、かなり心が動いていたようだ。
怒って会場をあとにしたマリオも、エリックもジョルジュもライブが終わると、サイモンと硬く握手をしていた。いい光景だった。

滞英日記「イギリス人とフランス人の違いが面白かった。いい経験になりました」

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※、ライブを観に来てくれた英国人女性たちから、父ちゃんに、投げキッスの映像が(ポール卿経由で)届いたのだ。ついに、英国人女性ファンを獲得した、熱血男なのだった。あはは、笑ってごまかす。



つまり、フランス人だったら、雰囲気で組み立てていくところを、英国人はきちっきちっと冷静に組み立てていく。ちょっと日本人に似ているけれど、融通はきかない。
自分のやるべきことだけをやるので、それ以外への協力がほぼない。だからか、撤収はもの凄く早かった。開演時間も15分とか30分押しても平気だが、終わりの時間になると、一気にいなくなるのだ。(これは日本もフランスも一緒だね、笑)
実は、英国流のやり方と、フランス流のやり方がぶつかり合った今回のライブであった。
その結果、ぼくらはうち融けた。英国の音楽業界の皆さんが、フランスからきたぼくらをリスペクトしてくれて、終わることが出来た。
サイモンがこの音源をミックスするのが、愉しみで仕方がない。
お互い、自分を譲らずベストを尽くした。見せかけの笑顔はなく、腕で勝負をした2ステージなのだった。
ロックを生んだ誇りある英国で、フランスからやってきたちょっとラテン気質のスーパー辻バンドだったが、最後は音楽という言語で理解しあえた、ということ、かな。
いやぁ、また、いい勉強になった。
しかし、大和魂の父ちゃんは、熱血で、行くのだ。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、今日はロンドン市内でいい撮影が出来たのでした。82歳になっても、まだ、仕事への情熱を捨てないポール卿、ぼくは彼を凄く尊敬していることに気が付きました。いい出会いだったなぁ、と思ったのでした。英国人というものをもっと知りたいし、少しずつ英国のファンになってる、自分の気持ちは素直に認めたいと思います。
ありがとう、UK!!!

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