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滞仏日記「もしも東京がロックダウンされたなら。(加筆、再配信版)」 Posted on 2020/03/24 辻 仁成 作家 パリ

※3月28日に加筆訂正をした改訂版です。

某月某日、日記でも書いてきたけど、やっぱりアメリカでオーバーシュートが起こってる。10万人を超える感染者はもはや尋常ではない。ロンドンもロックダウン(外出制限)が発令され、驚くべきことに、ジョンソン首相までが感染者に名を連ねることになった。欧州はこれでほとんどの主要都市が封鎖、もしくは何らかの制限を発令していることになる。東京都はこの週末、外出自粛要請が出ているが、結構あちこちに人が出ているというニュースを先ほど見て、驚いている。なかなか実感がわかないかもしれないが、感染が拡大しているのは間違いなく、今は自宅から出るべきではない。

実は、フランスでもロックダウンが決定して発令されるまでに時間も心の余裕さえなかったのだ。脅かすわけじゃないが、ある日、突然、ロックダウンは起きる。最初に全仏の休校措置が発動され、その翌々日くらいにレストラン・カフェ・商店などの閉鎖が決まり、さらにその二日後、いきなり外出制限(ロックダウン)が発令された。あれから明日でちょうど10日目だが、昨日、エドワー・フィリップ首相が、さらに2週間の、4月15日までの延長を国民に通達した。これはとりあえずの期間で、もっと長引くことを前提にした延長である。医療関係者は医療現場がこのままではもたないのでロックダウン・トータル(完全封鎖)を望んでいる。しかし、ストレスが大きすぎるとの反対意見も強く、現段階では様子見の状態のようだ。仮に、東京都がロックダウンを発令した場合、どういうことが考えられるかを、現在、ここパリで封鎖を経験中のぼくがまとめてみた。まさか、とは思わないで、心の準備のために読んでもらいたい。

まず、最初にお断りしておくと、フランスで現在発令されているロックダウンは、外出禁止令と言われているが、ぼく個人の見解だと外出制限に近い。なぜなら、外出は今日現在、今のところ、誰であろうと可能なのだ。完全封鎖ではない。じゃあ、どうやってそれは知らされるのか? フランスの場合、発令はテレビやメディアを通して国民に知らされた。大統領がテレビカメラの前で、そこへ至る状態と現状を告げてから、宣言が出た。一日程度の猶予の期間があり、発令という流れ。休校→商店の閉鎖→ロックダウン、と続き、このロックダウンもじわじわと制限がレベルアップされてていく。きっとこれは一気にすべてを封じると国民にストレスを与え過ぎるので、段階を経て小出しにしていくという作戦である。実際は5月までロックダウンは続くという意見も出ている。ぼくらは政府の手法に慣れ始めたので、今後、完全封鎖まで進む可能性は否定できない。日本の場合は東京、大阪での感染拡大に勢いが出ているので、オリンピックが延期になった今、世界にならってここで封じ込めの可能性が現実味を帯びてきた。どこかではやらないとこの規模の感染症は自然に終息というのは難しいようだ。ちなみに、フランスではコンフィヌモンと呼ばれている。和訳すると「封じ込め」になる。外出制限でも外出禁止令でもない。ウイルスを封じ込めるためのあらゆる措置を指す。



東京の飲食店の数はパリの比ではない。飲食業の方々は気を揉むだろう。パリの飲食業者はどうロックダウンと向き合ったのかを紹介したい。ぼくの友人、スペインレストランを経営するステファンに取材をした。あくまでもパリの場合であり、東京都が同じかどうかは分からない。でも、ぼくの知り合いの居酒屋の大将から、そうなったら、どうなるんだい、と心配のラインが届いたので、ステファンの発言は参考になるかもしれない。
「まず、そのことを驚くべきことに、テレビで知ったんだ。たぶん、いちいち、こういう非常事態の場合、電話とかメールでの連絡は無理だろうからね。パリ市から連絡があったわけじゃない。で、慌てて関係省庁や市役所のホームページを読み、その日の深夜0時までに店を閉めないとならないことを目で確認した。政府が面倒みてくれるのはロックダウン中の経費、電気ガス水道料金とかさ、あと家賃、そして正規雇用者への給料だ。店側の通常の売り上げは補償されないんだ。ま、仕方ないけど、俺らからすると大損だ。ただ、次回の税金の中で、それが相殺されるというような感じみたいだけど、これもまだちょっとあやふや。何せ、急な事態だから、ここから話し合いが始まるのだろう。最低限の経費は出すというのは書かれていたよ。初めての経験なので、みんな手探りでやってるんじゃないか」
ここが肝心だが、フランスの場合、国家封鎖が行われている間の店舗営業者への補償がきちんと行われるということで、国民が納得しているということを押さえてもらいたい。内容は今後の話し合いになるようだが、相応の補償があるせいで、人々は会社を休み、自宅で大人しく生活をしていられるのである。日本の場合、どうなるのであろう。そこが心配だ。

ロックダウンになると営業出来る店は、スーパー、薬局、食材を売る店(八百屋、魚屋、肉屋、パン屋)、タバコ屋、病院などに限られ、あとは閉鎖。市場(マルシェ)も明日から閉鎖。普通の会社は基本テレワークになる。Amazonも生活必需品を優先し、贅沢品は配達をやめている。また、健康のための運動、食材の買い出しは認められているが、外出する前に政府が用意した用紙をダウンロードし、日付やサインなどを記入、携帯しないとならない。パリでは運動は1キロメートル以内で1時間以内と限られている。買い物は距離に関係なく一番近い店舗があるところまで買いに行くことが可能になった。感染の酷い地域では22時から朝の5時までは完全封鎖となっている。

警察官も最初は温厚だったが、今は(マスクも不足してつけられないせいもあり)殺気立っている。罰金も初日は38ユーロ(約5千円)だったが、人々が出歩くので、最大1500ユーロ(18万円)に値上がり、しかも、それを4回破った者には45万円と6か月間の投獄となる。ロックダウン・トータルになったら、これどころではないだろう。軍隊が出て、ブロックやバリケードを用いて、パリも武漢のようになる。



問題は人々の精神面である。とくに子供たちのことがぼくは心配だ。家庭によっては低所得の家庭もパリは多く、8畳間ほどのところに数人が雑魚寝をしている移民の家族なども多い。そういう人たちが果たしてロックダウンに耐えられるのか想像もできない。(カンヌ映画祭が延期になったので、カンヌ市はホームレスの人たちを会場に収容するらしい)うちでも、息子は陽の差さない部屋で勉強をしているので、育ち盛りだし、親としては心配なので、リビングルームの家具を動かし運動スペースにした。お兄ちゃん、お姉ちゃんたちが政府の政策を無視しているようで、違反者が26万人(3月28日現在)を超えた。家にいろと言われても春の麗らかなこの時期、遊びたい盛りの青年たちには相当に難しいことでもある。もしも、東京都がロックダウンを発令したら、どうなるだろう。

フランスは沿岸部でも厳しい規制が行われている。みんなが海に集まるので、海岸線も封鎖となった。海岸なんか大丈夫じゃないの、広いんだし、と思うのだけど、そこへ人が押しかけ、ビーチが人で溢れるのはよくない。公園もそうだ。なので、最初は大丈夫でも、太陽や解放感を求めて人が大勢押しかけそうな公共施設、東京でも、今週末の自粛要請をうけて入場できない公園があると聞いたが、実際のロックダウンほぼすべての公園に広がるはずだ。運動したい人は家の周囲で体操をする、しかも、人々との距離をとりながら、ということになる。フランスは海もダメ、セーヌ川河畔もダメ、公園もダメ、こういうことが人々のメンタルに与える影響は計り知れない。

しかし、感染を封じ込めたいフランス政府はだましだまし制限を強くせざるを得ない。効果が出る前に中途半端にやめてしまうと全てが台無しになる。やるならば徹底してやらないとならない、というのが専門家会議の主張でもある。現在のフランスのロックダウンは解除へは向かってない。より強い措置、ロックダウン・トータルへと傾斜している。ある程度の封じ込めの成果が出るまで続けるしか、他に手がない。東京都も、いよいよロックダウンが現実味を帯びてきた。感染者の連日の増加率を見ていると、(詳しくは昨日の日記を参照されたし)ロックダウンを今すぐ、やらないと間に合わなくなる状態かもしれない。日本人は統制力があり、マスクをしている確率が欧米人よりはるかに多いので、ロックダウン政策には世界一むいている国民かもしれない。きっとロックダウンをすることで一番効果が出る国じゃないか、とも思う。そうであることを祈っている。感染者が増えすぎてからのロックダウンより、少なければ少ないほど封鎖の期間も短くて済むだろうし、効果が出やすいのである。。

ロンドンが封鎖を決めたのも、欧州全体での封じ込めの時期だと判断したからだろう。感染者の増加を緩やかに制御し(出来るだけピークを遅らせ)、病院のベッド、医療制度が崩壊しないようにバランスをとりながら、着地点を探すために、難しい綱渡りが続いている。病床数が限られている日本の場合、医療崩壊を起こすと大変なことになるので、そこも心配である。感染爆発は不意にやってくる。ぼくの日記でも書いていたけれど、当初、フランスは感染者の封じ込めに成功していたかに見えた。ゼロ感染者の日がずいぶんと続いたのだ。ところがイタリアで一気に感染爆発感染拡大がおき、そこから歯止めが効かなくなった。あれよあれよという間に、世界が一変した。もっとも、当初から、あれだけの中国人観光客がいたフランスやアメリカに感染者がいないわけはない、と思っていたので、目に見えないところでじわじわと感染爆発の運動が起きていたのであろう。東京も同じだ。日本も現状況では、花見に出ている状態ではない。ついでに、出来ればロックダウンをするなら全土でやらないと、東京都だけだと、武漢や北イタリアの時のように陽性の方たちが制限を避け、実家のある感染の少ない地域へ移動し感染を媒介させてしまう可能性もある。
ロックダウンになって、マスクや消毒ジェルは逆にあまり使わなくなった。近所に買い物に行くだけだし、そこの人たちが完全防備なので、石鹸で手を洗うことなどに努めることで、市中感染の脅威から解放された。食料に関しては、買いだめをしなくても食材がスーパーから消えるということはなかった。(一時期、パスタや油などが消えたが、今現在、どこの店舗もすぐに回復をした)ロックダウンのおかげで、メリットとしては、息子を守ることも出来ている。ただ、東京都でロックダウンが始まる場合、パリとは規模が違うので、人々の動揺も人口に比例して大きいかもしれない。心の備えだけはしておいてほしい。どの程度の状態になるのか予測が付き難いが、最初は緩やかで、じわじわと厳しくなっていくのじゃないか、と思う。日本でも、はじめてのことだからかなりの混乱が生じるだろう。あらゆる行政の細かい手続きが一旦麻痺をする。重要度によって少しずつ解決していくが、パリ市などでも、問い合わせても役所が応対できなくなっていた。とくに病院などはもっと余裕がなくなる。病気はコロナウイルスだけじゃない、ガン患者も、普通のインフルエンザの人もいる。なのに、病院機能が低下していくし、お医者さんの感染も出てくる。(フランスではすでに数名の医者が犠牲になっている)ので、今は自分の体は自分で守るくらいの健康への準備を怠らないことが大事であろう。息子と二人暮らしなので、ぼくも人一倍健康には気を付けている。パリは今は戦時下である。コロナ戦争である。贅沢をせず、この生活に慣れることが大事だと二人で励まし合っている。一緒に運動をやり、一緒にご飯を作り、笑顔を忘れずに生きている。逆を言えば、生きていることが有難いと思える日々でもある。

※3月24日に配信した記事を、28日、日本時間19時に、加筆しました。

滞仏日記「もしも東京がロックダウンされたなら。(加筆、再配信版)」

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