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滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」 Posted on 2020/06/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ノルマンディを旅している間、不意に黒カレーが食べたくなった。なんでかわからないのだけど、ぼくは目の前に広がるイギリス海峡を眺めながら、神保町界隈にあった「キッチン南海」のことを思い出していたのだ。英国風カレーだからかもしれない。ぼくは集英社出身(ピアニシモが処女作)なので、当時、集英社で打ち合わせの後、こっそり食べに行ってたのが神保町の「キッチン南海」で、ここに黒いカツカレーがあって、それはそれは美味かった。焙煎された小麦粉の、焦げるぎりぎり手前の苦みが洋食ファンのぼくの心を熱くさせた。なぜか、それを不意に食べたいと思って、パリに戻った一昨日、ネットでググったら、な、なんと、その日、26日が、キッチン南海・神保町店の閉店日じゃないか!!!100人を超える人が行列を作って黒カレーを食べたのだとか、「行けない!!!」、残念無念。ぼくにそこの美味さを教えてくれたのはぼくを作家に育ててくれた亡き編集者の片柳治さんである。ビールが大好きで、洋食屋好きで、うち合わせのあと、そこで黒いカレーとビール、最高でした。息子に、父ちゃんの青春の味を自慢していたら、「食べてみたい、黒いカレー」というので、思わず、奮起。さっそく作ってみることにした。

滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」



キッチン南海の創業者は南山茂社長(90歳)だ。最後の日まで店に立っていたのだとか、もしかしたら、30年前、ぼくと片柳さんは南山社長が作った黒カレーを食べていたのかもしれない。「ピアニシモ」がすばるの候補になった時、集英社で面会をした片柳さん。ぼくを見て、ホー、と言った。あの、ホー、の意味がいまだに分からないのだけど、(ロッカーだったからかなぁ)、受賞の後、連れてってくれたのが「キッチン南海」で、「これがうまいんだよ、辻さん」と嬉しそうにススメてくれた。神保町名物、黒カレー、忘れらない最高のカレーだった。ぼくはそれを丁寧に再現したいので、当時の記憶を頼りに、材料を買いに行き、作ることになる。社長のインタビューに「ルーに使うスパイスや小麦粉は焦げ目がつくまで焙煎している」とあった。これがヒントになった。ぼくはハンガリーやオーストリアの名物料理「グーラッシュ」をよく作る。グーラッシュも小麦粉やパプリカをやや焦がしながら作る。30代の頃にアメリカ横断をしたことがあって、ニューオリンズの黒人シェフに教わった「ガンボ」も最初に小麦粉を焦がし焼きしながらルーを作っていた。あれだ、あの手法だ、と思った。さらには、英国のデミグラスソースなんかも小麦粉をフライパンで軽く焼きながら作る。(そうやると、小麦粉の粉っぽさがなくなるのだ)やっぱり、それか、と思った。焦がしラーメンなんかも、この手法に近いのかもしれない、と思って、研究を開始。

滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」

まずは、「美味いものには時間と根気が必要なのだ」がぼくの料理の基本姿勢なので、南山社長の気持ちに乗り移って頂き、まずはフライパンで小麦粉をじっくりと焙煎することからはじめた。とにかく、時間だ、と思った。まず、弱火からはじまり、中火にしたり、弱火に戻したり、木べらで何度も底を削りながら、焦げ付かないよう、焦げさないよう、静かに火を入れていった。白い小麦粉がこんがり黄土色になるまでこれを続け、そこにカレー粉、ぼくは自分の好みのスパイス(カレー、シナモン、カルダモン、クミン、ターメリック、ガラムマサラ)を混ぜて作ったけど、市販のカレー粉でいいと思う。比率は小麦粉100g、でカレー粉が80gという感じ。小麦粉を多くする。カレー粉を加えてさらに焙煎を続ける。茶色くなったら、そこにバターを100g程度投入すると、一瞬で真っ黒のルーになるから、驚いた。これだ、これなんだ。ここから素早く混ぜ合わせなければならない。最初は弱火、少しずつ火を強め、最後は一気に完成となる。

滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」



肉はスジ肉で十分だけど、塩胡椒をしてカットしておく。圧力鍋に油を引き、つぶしたニンニク数個を放り込み、香りが移ったら千切りした玉ねぎ1キロを投入、飴色になるまで焼いて(ここも時間をかける)、そこに肉800gを入れ、ひたひたになるまで水を入れて、(ローリエなんか入れてもいいね)蓋を閉め、40分近く圧と火にかける。40分もするとトロトロになる。木べらで崩せるので、細かく崩していく。ここに先ほどのルーを入れ、醤油なんかをお好みで、あと、コンソメ1、市販のカレールー150gくらい入れみて、よく混ざるようにさらに煮込んでいく南山社長の黒カレーは肉質よりもスープ感が強いので、もしかすると、肉は500gくらいにしてもいいかな、と思った。キッチン南海の黒カレーはするすると食べることが出来るのが特徴で、そこを目指すのなら、もっと水が必要かもしれない。今回は、週末に、ニコラとマノンが来るので、多めに、だいたい10人分くらい作った。残ったカレーは翌日、牛乳を加え、ごんぶと讃岐うどんにかけて、食す。これがまためっちゃ美味い。大きなエビの天ぷらなどを入れると最高!

滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」



とにかく、パリで日本一の洋食屋「キッチン南海」の南山社長の味が再現できたかどうか、分からないだけど、社長の業績を冒涜してないといいのだが、見た目はそっくりな感じになった。食べた息子は、めっちゃ美味いねー、と言ってくれた。ぼくはここにチキンのミラネーゼカツを添えた。キャベツが必需品なのだけど、手元になくて、残念だった。試される人はキャベツの千切りをぜひ、添えてもらいたい。焙煎した焦がしルーの香ばしさ、意外とあっさりとした食感、と癖になる味わい、全てがキッチン南海の味、日本の戦後の味なのである。ちなみに、閉店となった本店は60歳、ぼくと同じだ。思わず、黒カレーを食べながら片柳さんのことや、当時の編集部の人たちのことを思い出し、涙が零れてしまった。神保町のカレーをここパリで再現してやった。キッチン南海はのれん分けをして、近くに新しい店が出来るということなので、カレー好きなら、守り抜かれた味を試しに行っていただきたい。ぼくも集英社に行く機会があれば、立ち寄りたい。

滞仏日記「神保町60年の味、黒カレーをパリで再現した」

※「近日、ムスコ飯で正確なレシピをアップしますね。参照ください」

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