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シングルファザーズ日記「気が付けば、シングルファザーのおかげで、今のぼくがある」 Posted on 2023/03/18 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、結論から言うと、ぼくの場合ですが、シングルファザーになって、良かったのかもしれません。
シングルファザーになっていなければ、ぼくはずっと仕事ばかりしていたかもしれません。
シングルファザーになったおかげで、ぼくは息子ととっても仲良しになることが出来ました。(もちろん、喧嘩もたくさんしましたけれど)
シングルファザーになっていなければ、今頃、違ったぼくがのさばっていたことでしょう。
シングルファザーになったおかげで、世の中に優しくなることが出来ました。
大変ではありましたが、今が一番、幸せです。

教育といいますけれど、ぼくの場合は共育という字の方がしっくりときます。
子供を育てているわけですが、共に育っているようなところがあるからですね。
「子育ては親育て」とよく言われますけれど、子育てを通してぼくは自分も変化させてもらってきました。
シングルファザーにならなければ気が付かなかったこともたくさんあったことでしょう。
仕事に集中出来ない時はいらだつこともありましたが、「子育て」、「シングルファザー」を経験したことで得たものはそれ以上に大きかったです。
こんなに素晴らしい経験が出来ていることにぼくは時々、その大変さを忘れて感謝さえしているのですから、不思議ですね、笑。
最近ではシングルファザーが楽しくてしょうがない。シングルファザーの達人になれるかもしれないと思う毎日なのです。



4,5年前、息子が中・高校生の頃、よく大喧嘩をやりました。
つかみ合いをしたこともありましたね。
ぼくが大事にしているマイクのケーブルを貸した貸さない的なところに端を発した実にくだらない親子喧嘩でありました。
時々、息子はぼくに対して激しく怒ることがあります。
母親がいないので、ぼくにあたるのです。
もちろん、頑固なぼくにも非はあることは認めますが、彼独特の理論武装(これがフランス人的。フランス人は自分をまず正当化し、簡単に謝罪しない)をして、回りくどい文句を言ってきます。
彼はぼくが親であるから当たり前という持論を展開します。
親子の枠を超えて、人間としてそれは間違いだと思う時、ぼくも激しく言い返します。
結局、物事を進める上で、人に何かを頼んだりお願いをする時の態度がけしからんということになって次第にぼくは激怒し、彼も父親風を吹かせるロン毛のぼくに腹が立って、貸した貸さないの枠を大きく飛び越えて人間としてどうなんだよという精神論的な言い合いにまで発展するわけです。
しかし、口もきかずに寝ても、翌朝はやってきます。
お腹がすくし、いつものように朝ご飯を食べないわけにもいかないわけです。
そこでぼくがご飯を作らないというのは親として間違えた行動になるから、ぼくから、おはよう、と言いに行き、朝食をこしらえてやるわけです。
息子も、おはよう、と返して、ご飯を残さず食べて登校するわけです。
日常というものがこうやって機能していることが素晴らしい、とぼくは思うわけですが、どう思います?
その時、ぼくはこの喧嘩からいろいろなことを学んでいます。
彼もきっと学んでいるはずなんです。
結局、ぼくが貸したマイクは、彼が登校した後、地下室の全ての箱をチェックすることにはじまり、家中を探し回った挙句に、やはり息子の机の下で見つかりました。
そこで息子を追い込んでもいけません。
学校から帰って来た息子に「お前の机の下にあったぞ」とだけ事実を伝えてやるわけですね。
バツの悪そうな顔をして息子が俯いたので、肩を抱いてやり、気を付けろよ、たまには掃除をしなさい、とだけ言って水に流してやるわけです。あはは。こういうことが日常をさらに強くさせるんですよね。
それからぼくたちは仲良く夕ご飯を食べたのでした。
その日の晩ご飯時の話題は「マイクの正しい使い方」についてなのでした



多分、シングルになる前の自分と今の自分はぜんぜん違う人間なんじゃないか、と思うことがあります。
息子にぼくは育てられていると思うことばかりだからです。
育てているという横柄な感じはぼくの中にはありません。
育てながら自分もいろいろなことに気付かされている、ということですね。
それにしても教育とか教育者、教師という単語には不思議な違和感を覚えてなりません。
もちろん、教育の重要性はよくわかっていますが、今、求められている教育とか教育者というのはかつてのそれとはちょっと違ってきているように思うわけです。
知識を上から一方的に与えるだけの教育ではなく、子供たちの中に入って共時的な意識を持った上での共育が大事だな、と考えるわけです。
言葉で言うのは簡単ですが、それがどういうものであるのかを説明するのは難しい、ということです。
大学生になった息子をぼくは遠くから見守っています。
彼は次々に面白いことを達成しています。
大きなコンサートをやりますし、地方の主催者からも招かれてツアーにも出ます。
大学の勉強だけでは足りず、もっと大きな勉強をはじめています。
一人暮らしをしてえからは、毎日、自炊をし、その腕前はプロ級になりました。
この10年間、ぼくがキッチンや食堂で彼と語り合ったことが一つ一つ実を結んできているわけです。
ぼくも、そんな息子から刺激を受けています。
とってもいい関係なんです。
子育て、苦しいことも多々ありましたけれど、乗り越えると、感動があります。

シングルファザーズ日記「気が付けば、シングルファザーのおかげで、今のぼくがある」



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