PANORAMA STORIES

改めて、老後について再考する Posted on 2026/08/24 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
昨日、ノルマンディ辻村相談窓口で「老後について」というご相談を受けまして文章を書かせて頂きましたが、なんとなくまだ言い足りないので、蛇足的ではありますが、父ちゃんが思う老後について、さらに続きを書かせていただきます。
その、あれを書いた後、顔を洗ってから、自分の顔をじっと見ていたんですが、今日、こうして何事もないものが、ある時、不意に異変がやって来て、普通が失われ、たとえば病気になったりして、自分一人の力ではどうにもならないようなことが起こった時に、もう元へはすぐには戻れないと感じるようなうろたえたひと時などに、老後、というものが始まるような気がしたのです。
それまでは「何が老後だ」と思って生きているんだろうとおもうのです。
で、それはどういうものか、ちょっと想像をしてみました。
たとえば、この毎日書いている日記のようなものとかは、元気だからこそ、書けるものですが、これさえも毎日書くことが出来なくなると、ぼくのような創作欲の強い人間はどうなるのでしょう。
たとえば、毎日、ぼくは規則正しく生活をしていますが、それが出来なくなるわけです。朝、ぼくは三四郎と遊んだ後、部屋に籠って絵を描くわけですが、筆さえ持てなくなります。
理由はわかりませんが、思うように描けなくなる時に、老後をひしひしと感じるようになるのでしょう。絵を描く部屋は屋根裏部屋にあるんですが、ある時、階段を登れなくなるとか、そもそも、起き上がれなくなるとか、そうなって、寝てないとならなくて、人に電話をし、異変を知らせ、お医者さんがやってきて、或いは、家に戻れるかもしれませんが、日常がそれまでとは違うものになった時、ぼくはやっと、出口を悟るようになるのかもしれません。

改めて、老後について再考する



今は元気なんですが、老化のせいで、少しずつ、異変がやって来るようになり、それが積み重なって、強く死を意識するようになるのでしょうね。
たしかに、最近、視力がぐんと落ちました。まだ、辛うじて、メガネをしなくても文字が読めますが、大好きな本を読むのが億劫になってきました。老眼鏡を探さないとならない自分にある種の衝撃を覚えています。
白髪も増えてきました。髪の毛を染めるつもりはないので、白くなったら、白髪老人になるわけですが、そう遠くない気がしてきました。
どの辺で、自分を老人だと認めることになるのか、ここは人それぞれでしょうが、どこかの時点で、もう、認めないとならないわけで、それに抗うために、筋トレをやっているんだと思うのですが、じりじりと押し寄せてくる老化現象の波を、どのように受け止めていくのかは、大きな課題だと思って日々を生きているような状況です。

昨日の相談窓口では、覚悟はできている、と書かせてもらいましたが、その覚悟というのは、どういうものでしょう。もしかすると、その時が来たら、それまでのことだ、という諦めに近い覚悟かもしれませんね。だって、どうしようもないじゃないですか。来るべき時にはそれを受け止めるしかありません。それでも絵筆を持ち、言葉を紡ぎ、それでもギターをつま弾くのが、ぼく、だと信じています。

改めて、老後について再考する



今朝、携帯を開いたら、昨夜、日本の携帯のラインから、フランスのラインへ自分にあてて、以下のような謎の文面が届いていました。夜中に、トイレに起きた時に、頭の中に浮かんだ文字を、忘れないうちに自分のもう一つのラインに送り付けたもの、と思われます。
そこにはこう、書かれておりました。
「自分の意思は変えられない。
でも、周りは変わらない。
どうしても変えられないこともある。
その時は潔く諦める。
自分を守る」
どういう意味なんでしょうか。寝ぼけてメモしたものだから、文章がめちゃくちゃですが、しかし、どこかに、この老いていく自分への何かを感じずにはおられません。
ぼくは「老後」という言葉や状況は気に入らないので、「死前」と言いたいと思います。
人間は生まれた時から、死へと向かう旅路にいるわけで、そのことを覚悟しながら、毎日を精一杯生きてきたのじゃないでしょうか。
だから、ぼくは多生老いても、自分を鼓舞する言葉をちからの限りつぶやくのです。
小さな声で、えいえいおー。

改めて、老後について再考する



自分流×帝京大学
辻仁成 Art Gallery

おしらせ。
9月4日、新刊小説「泡」集英社から、でます。
10月22日から25日は、パリで、モダンアートフェアに参加。12点ほどだします。
11月、リヨンで個展。点数はわかりませんが、25-30点のあいだに厳選中。

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。