PANORAMA STORIES

亡くなった元夫への手紙 Posted on 2020/09/11 川越 彩子 パティシエール、キュイジ二エール パリ

或る日突然、元夫から電話がかかってきた。
「できるだけ早く会いたい」、と。

別れてからも、時々、連絡しあったり会ったりしていたけれど、ここ1年はあまり体調がすぐれないということで、ちょっと疎遠になっていた。
入院しているというのも気になって、すぐに会いに行ってみた。

彼が入院しているというパリ郊外の病院は思ったより遠かった。
地下鉄と電車とバスを乗り継いでやっと着いた病院の前には義理の姉が待っていた。

亡くなった元夫への手紙



元夫の家族で1番近い存在だった、強くたくましいフランス人女性。
まず、久しぶりに会う喜びの言葉を交わし、長めの抱擁。
そのあと、彼女は体を離し、私に背を向け、涙声で「もうだめなのよ」と言った。
びっくりした。
驚きすぎて説明されながらもほとんど理解していなかったと思う。

彼に希望を失ってほしくないということで病名は本人に知らせてなかったのに、ヴァカンス期間だけ交代で来ている若い看護師が、口を滑らせてしまったのだと、義理姉はとても腹を立てていた。
でも、その看護師の過ちのおかげで私は元夫から連絡をもらい、彼に会うことができた。だから残酷なことかもしれないけれど、私はその看護師に感謝したいと思った。

亡くなった元夫への手紙

1ヶ月ほど、毎週のように通って元夫と話をした。
体調が悪い日はほとんど無言で過ごす日もあったけれど、とにかくいろんな話をした。
様々な感情が凝縮された貴重な時間だったと思う。
義理姉も、彼がとても喜んでいると、本当にありがとうと言ってくれた。

亡くなった元夫への手紙

私たちの結婚生活は、10年で終わってしまったけれど、その続きの関係も悪くなかったな、と今となっては思う。

彼が亡くなってすぐ、不思議なことがあった。
私の働くサロンドテに撮影のために現れた、長身の元夫にそっくりなカメラマン。
店内で撮影する彼を不思議な気持ちで見ていたら、彼がいきなり近付いてきて、ひとこと「あなたはとても美しいですね」と言ったのだ。「Vous êtes très jolie ヴゼットトレジョリー」と。トレ(とても)と、ジョリー(美しい)との間に2秒の間をおいて。優しく微笑んで、私の目をまっすぐに見つめながら。
その時の嬉しいというより、哀しい気持ち。

亡くなった元夫への手紙

誰かに聞いて欲しくて、すぐ日本にいる妹にLINEした。

「今日ね、久しぶりにあなたは美しいって言われたんだよ。元夫にそっくりな男性に」

「彼がお別れを言いに来てくれたんだね」

と、すぐ、妹から返信が返ってきた。

あ、と腑に落ちた。

また、すぐ会いに行く約束をしていたのに、なんの連絡もしないまま逝ってしまったことを律儀に申し訳ないと思ってくれたんだろうな、と思った。そういうところを大事にする人だったから。

最後にお別れを言いに来てくれてありがとう。とっても嬉しかったよ。



自分流×帝京大学
第4回新世代賞 作品募集中

Posted by 川越 彩子

川越 彩子

▷記事一覧

宮崎県生まれ。パティシエール、キュイジニエール。20代後半に東京からパリへ移住。自由に食に関する仕事を楽しむ40代。