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三四郎日記「吾輩は犬である。吾輩のせいじゃない。第6話」 Posted on 2022/01/27 三四郎 天使 パリ

パパさんの様子がちょっとおかしい。
もっとも、ここに来てやっと一週間なので、どこまでパパさんのことをわかってあげているのか、どの姿が本当のパパさんなのか、実はあんまりよくわかっていないので、偉そうなことは言えないのだけれど、それでも、ぼくのことを可愛がってくれて、広々とした部屋に放し飼いにしてくれて、檻に入れることもないし、その上、朝から晩まで一緒に遊んでくれて、一日数回散歩にも連れ出してくれて、最近は、サーモンのおやつまでくれるようになって、膝に飛び乗ったら、お腹の上とか足の間で寝かせてくれるし、とにかく、ぼくの尻尾は休むことなく左右に揺れ続けて、パパさんの顔を見ると反射的に興奮してしまうのは、パパさんが好きだからだし、嬉しい以外の何物でもないのだけど、ええと、昨日くらいからかな、笑顔だったパパさんの顔がちょっとくぐもりがちになって、・・・なんだか、ちょっと心配なのである。
朝、パパさんが眠そうな顔で部屋から出てきたので、待ち受けていたぼくは全速力で飛び出して行って、パパさんの足元でぐるぐる大回転までしてみせて、もちろん、抱き上げて貰えたのだけど、すぐに下におろされ、いつもだったら抱きしめて、いつまでも頬ずりをしてくれるのに、今日はドッグフードを出してくれたら、食堂の方へ呆気なく消えた。
そうなんだ、消えてしまった。
気のせいか、背中が丸まっていて、なんとなく元気がない。どうしたの?



逆にぼくは自由を手に入れたので、ますます元気になって、というのも、田舎のワンノブゼムな環境から、ぼくひとりを見てくれる人が現れて、ぼくだけの世話をしてくれる人が出現したことは、犬にとってはこの上ない、幸福の約束でもあった。
ぼくはパパさんの傍でずっとこうして生きていくことが出来る。
実際、パパさんはぼくの耳元に唇を押し付けながら、
「ずっとここにいていいんだよ」
というような、たぶん、そうだ、そういうようなことを言った。
ええと、犬は、匂いを嗅ぎ分けるだけじゃなく、言葉とかにならないスピリチュアルなイメージを感じ取る才能がある。
言語は使わないけれど、気持ちを察するわけだ。
だから、パパさんの心の声がビシバシと聞こえてくる。
でも、今日のパパさんは心に何か暗い膜がかかっていて、いつもとちょっと違っていた。
何か変だ。
朝ごはんのあと、散歩に連れ出して貰えたけど、いつものように走ることもないし、寒そうな感じでポケットに手を突っ込んだまま、遠くを眺めていた。

三四郎日記「吾輩は犬である。吾輩のせいじゃない。第6話」



午前中、ずっと、ぼくはパパさんの膝の腕の中にいた。
本当は一緒にボールを投げて遊んでもらいたかったけれど、元気がないので、仕方なく、ぼくも一緒に寝てあげることにした。
そんな日もあるよね。
そういう時は一緒にじっとしているのがいい。
時々、ぼくは顔をあげてパパさんを下から見上げた。かなりお疲れのご様子で、目を閉じた顔が、なんだか、痛々しかった。
人間の世界がどういう仕組みになっているのか、分からないけれど、大変なんだろうな、と想像した。



昼過ぎ、パパさんは、学校から帰ってきた息子さんと何か話し込んでいた。
とっても難しそうな内容で、ぼくなんかにわかるはずもないのだけれど、それはとっても真剣なやりとりであった。
いつも笑顔しか見せない2人が、険しい顔で言い合っているので、人間の世界における一大事なのかもしれない。
ぼくは2人の足元を無邪気に走り回り、気分を変えさせようと努力してみたのだけど、重たい空気が変化することはなかった。
昼食後、息子君がぼくの部屋にやってきて、ぼくを膝の上に抱きかかえてくれた。彼はノートを開いて、それを音読しはじめた。
フランス語じゃないのかもしれない。聴いたことのない言語である。



パパさんは仕事部屋からなかなか出てこなかった。
息子君が自分の部屋に戻ってしまうと、ぼくは独りぼっちになった。
この一週間、パパさんがべったり寄り添ってくれていたので、こんな風に一人にされてしまうと、ちょっとどうしたらいいのか、わからなくなる・・・。
午後、パパさんは分厚いコートを着てぼくの前にやってくると、
「ちょっと出かけてくるから、お留守番していてね」
というようなことを言った。
「何かあれば、吠えたらいいよ。隣の部屋に息子がいるからね」
というようなことを言った。たぶん・・・。
そして、ぼくは一人になった。

子供部屋に息子さんがいるのはわかっているけれど、ぼくはどうしていいのかわからなかった。
いつものおもちゃはあるけれど、パパさんが投げてくれないと面白くない。
どのおもちゃも、噛み飽きてしまった。
仕方がないので、今日は今まで噛んだことのないものを噛むことにした。
誰かの絵があったので、額縁を嚙んでみた。けっこう、硬かった。
プラスティックのペットボトルがあったので、ちょっとした気分転換になった。
軽いし鼻先でツンとやると遠くに飛んでいくし、齧るとバリバリって音もするし、ボールのような規則的な運動をしないので、予測できない反応がいままでのどのおもちゃよりも完成度が高かった。
それに飽きたら、パパさんの衣類を噛んでみた。何かふわふわした半袖のジャケットで、いつもコートの内側に来ているやつだ。
ぼくは洋服だと、とくにチェックとファスナーが好みかな・・・。
チャックのガタガタの鉄感が大好きだし、ファスナーの「引っ張ってみろよ、ほらー」という犬のためにあるような金具感も素晴らしい。
それに飽きたら、トランクについてるステッカーを剥がして遊んだ。ガリガリ噛むと、ちょっとずつ剥がれていくので、面白かった。
でも、噛んでばかりも飽きるので、ぼくはジャンプしてみた。
パパさんがいつも座るロッキングチェアにのぼってみたいと思ったので、小さな箱を頭で押して運んで踏み台にした。
勢いをつけてジャンプをしたら、最初こそは失敗をしたものの、二度目は無事登頂に成功!
ぼくはパパさんのノート型パソコンの上で寝そべってみた。
すべすべした冷たい感触は悪くなかった。邪魔なので、下に落としてもよかったのだけど、その時、ドアに鍵が刺さる音がした。
パパさんだと思って振り返ったら、スキー帽をかぶったパパさんが、顔を出して、ぼくがロッキングチェアーの上でガッツポーズをとっているのを見つけ、おおおお、と血相を変えて飛んできて、ぼくを抱きかかえ、
「ああ、こんなところにのぼっちゃダメじゃないか」
と喜んでくれた。
それから、室内を振り返り、引っ張り出されたコードとか、ぐちゃぐちゃに剥がされたシールとか、噛みちぎったおしっこシートとかを見回し、
「ななな、なんてこった」
と興奮していた。
その上、ぼくが絨毯マットの上でやらかした特大のカカ(うんち)を見つけて、
「こらー、なんど言ったらわかるんだよ、ノーノーノー。ここはダメだってば!」
と大興奮したので、ちょっと元気が戻ってよかったなぁ、とぼくは思い、激しく尻尾を振って、自分の手柄を自慢するのであった。

つづく。



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三四郎

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2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。