PANORAMA STORIES
さよならいつか Posted on 2026/05/21 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
「サヨナライツカ」という小説は、大昔、バンコクを舞台に書いた小説で、ぼくの中では、恋愛小説の部類に属する作品のひとつになります。
いろいろとこの作品に関しては思うことも多々ありますが、もともとは、ニューヨークの同人誌に掲載された短編がもとになっていて、その作品の舞台はバンコクじゃなかったんです。
でも、場所がどこであれ、人間というのは井伏鱒二先生ではありませんが、さよならが、つきまとう生き物であることはまちがいなく、そのひとひらのような断片が、切なく、ちりばめられた小説ということになります。
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デザインストーリーズブックスから、ついに、電子書籍版「サヨナライツカ」が刊行されました。一字一字、懇切丁寧に文字起こしをしてくださったのは、Sさんです。今回は弟の恒久ではありません。猫好きな、Sさん、どうも、ありがとうございます。
お近くに日本の書店がない、アメリカ大陸や、欧州や、アフリカ大陸や、東南アジアあたりで生きている日本語人のみなさんに、手に取って貰えれば、と思います。
チャオプラヤー川をホテルのテラスから眺め、まだ若い作家は、この作品を夢中になって紡ぎました。随分、昔のことのようですが、光が美しかった。
あれから、随分と月日が流れました。そして、時代も変化しています。
今は、いろいろとあって、フランスのノルマンディ地方の片田舎に住んでいる筆者です。英仏海峡に沈む夕陽を見つめながら、たまーに、昔日を振り返ったりしています。
いい思い出しか手元には残っておりません。

ということで、遠方に住んでいて、近くに日本語の書店がないみなさま、どうぞ、Sさん渾身の文字起こしによる、拙著「サヨナライツカ」をご一読ください。文庫版よりも、うんとやすく、読めるようになりました。笑。Sさんに感謝です。ありがとう。
この表紙に使われている作品は、サヨナライツカの宇宙観を閉じ込めたような絵に見えますね。下に掲載した個展のポスターもそうですが、今回の夏の個展、辻仁成展「鏡花水月」の中には、サヨナライツカ的なもののあわれが、ちりばめられています。海岸線を犬と歩きながら、沈む夕陽を通して回想する記憶の雪のつぶてのようなものを、画布にばらまいた美しい作品群になります。
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人間というものは、7年に一度、細胞が入れ替わるのだそうです。ぼくはもう何回も生まれ変わっていることになりそうですが、その人間の身体の中で、ほぼ入れ替わらずずっと死ぬまで不変に近いのが脳細胞なのだそうです。なぜ、入れ替わらないのか、というと、記憶を喪失させないためなんですって。



近況のようなもの。
個展用の作品はすべて、アトリエを旅立ちました。
8月5日から、いよいよ、日本で辻仁成展「鏡花水月」がスタートします。三越日本橋本店、特選画廊全面で、11日まで。63点。美術館のようなスタイルでおおくりいたします。
「鏡花水月」というのは、 水に映る月と鏡に映る花ということですよね。つまり、目で見ることは出来るのですが、実際に手に取ることが出来ないものたちのことです。そういうものは、記憶の中にあります。キャンバスの中に、ちりばめましたよ。
10月22日から25日まで、コンコルド広場のアートフェアに参加。15点くらい。人間のDNAの中で蘇る儚い記憶についての作品群になります。
11月5日からリヨンで個展です。45点程度、油絵とパステル画が半々かな、と思います。リヨンの個展は、アットホームな感じでやれれば、と思います。3週間もあるので、リヨン市在住の皆さん、毎日、どうぞ。笑。
えいえいおー。

Posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。



