PANORAMA STORIES

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」 Posted on 2022/08/04 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※屋上庭園からみえるアイコニックな球体は、再建時に作られたヘリポートを備えた会議室

 
「産業考古学」という言葉をイタリアで初めて知った。
産業の発展に寄与した記念物をそのように呼ぶそうだ。
今回は、番外編のイタリアデザイン最終回。
私がイタリアで出会った産業考古学の遺産は、1923年に操業開始した、フィアット社のリンゴット自動車工場。
一番の目玉は、建物の屋上に作られたテストコースだ。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※1928年頃の工場全景(Wikipediaより)



 
当時は、欧州最大の自動車工場だったというが、その実、非常にコンパクトな造りになっている。
5階建ての建物で、フォード生産方式と呼ばれるベルトコンベアーが取り入れられた。
原材料が置かれた1階から生産が始まり、車が1列に並んだ製造ラインが上階に向かって進んでいく。
そして屋上に到達すると、試走のためのテストコースに出る。
試走確認後、螺旋状の巨大スロープを降りてきて車は完成。
テストコース自体は、1.2kmとさして大きくない。
建物自体も、現代の自動車工場から比べると、とても小さい。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※1932年の映像(YouTube https://www.youtube.com/watch?v=K1L885f6yDw&t=222s Centro Storico Fiatより)

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※屋上にあるテストコースは1.2km

地球カレッジ



 
海外のものといえば、全てが大きい、というイメージがあるかもしれない。
だが、フランス、イタリア共に、自動車に関しても小型車が多く、コンパクトにまとめることへの美意識を感じる。
完成した当時は、非常に画期的な工場で、あの建築家のル・コルビジェも「都市計画の指針」と絶賛し、何度も足を運んだという。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※コルビジェがリンゴット工場を訪れた際の写真

 
時期を同じくして、フランスにもちょっと変わった場所に建てられた自動車工場があった。
セーヌ川の中洲にあった、ルノーのセガン島工場だ。
当初、ルノーが島を購入した表向きの理由としては、既に対岸にあった工場で働く従業員たちのための憩いの場として、ということだった。
だが、実際は工場地帯が広がっていくことに嫌気がさした近隣住民による、土地の大幅な値上げから逃れるためで、工場建設が前提だったという説もある。
リンゴット工場が操業開始した、1923年に建築構想が持ち上がり、1929年に完成したと聞くと、イタリアからの影響を少なからず受けていたのではないかと思えてならない。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※ 1992年の工場閉鎖時(ileseguin-rivesdeseine.frより)



 
さて、リンゴット工場。
実は、なぜテストコースを屋上に載せたのか、私にはよく理解できなかった。
ガイドツアーに参加し、質問もしたのだが回答は「コンパクトにまとめたかったから」。
今となっては、周辺の都市開発も進み、小さくまとめることの意味がありそうだが、工場ができた当時、周囲は田園地帯であったことだろう。
イマイチ腑に落ちなかった。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※施設内のFIAT 500を紹介する、カフェ併設の「Casa 500」は、2022年5月にオープンしたばかり

 
そこで、イタリア車愛好家で、リンゴット工場にも行ったことがある友人に、この疑問をぶつけてみた。
そうすると返ってきた返事は「遊びゴコロ」。
それは、イタリア車にも通じる精神だという。
そういわれて、しっくりきた。
フロアを重ねる毎に組み上げられていく車両が、屋上で完成し、テストコースをぐるりと回った後、スロープでクルクルと地上に降りてくる様子は、想像するだけでワクワクする生産工程だ。
トミカの立体駐車場みたいな楽しさもある。
合理的な理由ばかりを求めてしまった自分が少し恥ずかしくなった。
最近、遊びゴコロを忘れていたかもしれない。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※車が通れる幅の楕円形のスロープを使って、車を屋上に昇降させる



 
リンゴット自動車工場では、述べ80車種が生産されたが、1982年でその幕を閉じた。
その後、当時の建物を活かしつつ、イタリア人建築家レンゾ・ピアノ氏によって、美術館や、映画館、ショッピングセンターを有する複合商業施設として再建し、市民の憩いの場となった。
テストコース沿いに植えられた4万本以上の植栽は、欧州最大級の屋上庭園として見ものだ。
対するルノーのセガン島工場は1992年に閉鎖した後、全て取り壊され、日本人建築家の坂茂氏によって新たにコンサートホール「ラ・セーヌ・ミュジカル」に。
こちらもまた、屋上庭園が気持ちが良い空間だ。(今度こそ、本当に地域住民の憩いの場になった。)
産業考古学の遺産とするか、全く新しいものに作り変えるか、お国柄の差を感じるが、かつての製造業の中心地を文化施設に置き換えるセンスは似ている。
 

愛すべきフランス・デザイン「イタリアの産業考古学遺産になった自動車工場の遊びゴコロ」

※欧州最大級の屋上庭園は4万本の植栽が美しい

自分流×帝京大学
第6回 新世代賞作品募集



Posted by ウエマツチヱ

ウエマツチヱ

▷記事一覧

tchie uematsu
フランスで企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の娘を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速い。