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「イギリス人が今、目指すところ」 Posted on 2019/04/25 清水 玲奈 執筆家・翻訳家 ロンドン

「イギリス人が今、目指すところ」

私が初めて渡英したのは1990年代半ばでした。その後ミレニアムまで、若きトニー・ブレア党首率いる労働党政権が圧勝し、「クール・ブリタニア」という言葉が流行り、イギリスは大英帝国の思い出も、長年続いた停滞の時代も乗り越えて、新時代の先端を行く国としての自信を深めていきます。
さらに、ロンドンでは外国語訛りの英語をよく耳にするようになりました。好景気のイギリスを目指し、配管工や掃除人からアーティスト、デザイナー、星つきシェフ、研究者まで、EU諸国から大量の人たちが移住してきたのです。そのおかげで、現代アートやファッションにかけて、ロンドンは世界で一番熱い街になりました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

そして、日常で何より変わったのが食事情かもしれません。大小さまざまなジャガイモが大量に積まれていたスーパーの野菜売り場には、枝つきミニトマトやアスパラガスといった洒落た野菜が並ぶようになりました。ヌーベルキュイジーヌの影響を受けたモダンブリティッシュのほか、本格的なフレンチやイタリアンの店が次々とオープン。バリスタのいるカフェや、個性的なワインが飲めるワインバーは珍しくなくなり、駅や空港、美術館のカフェのサンドイッチも格段においしくなりました。
イギリスはヨーロッパ大陸とひとつながりになったおかげで、さらにカラフルで豊かな国になったように思えました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

その頃から、格安航空会社が次々と登場し、フランスやスペイン、イタリア、ギリシャなどに遊びに出かける人が増えましたが、そんなときイギリス人が「ヨーロッパに行く」と言うのには驚きました。「自分たちはヨーロッパ人ではない」という意識は、やはり島国に暮らす日本人の「アジア人の中でも自分たちは特別」という自意識に似ていそうです。これが、EU離脱を決めた国民投票に至る伏線かもしれません。

国民投票の頃、私が住んでいたノッティングヒルは、当時のデヴィッド・キャメロン首相はじめ、「ノッティングヒル・セット」と呼ばれた新世代の保守党のエリート政治家やその顧問たちが暮らす地区で、窓に「REMAIN」(残留)という張り紙をした家が目立ちました。私の知り合いも残留派ばかりでしたから、離脱という結果が出た日の朝のニュースを聞いて、耳を疑いました。
その後、私も実際に離脱に投票したイギリス人たちに遭遇する機会があり、彼らは皆、単純労働に従事するイギリス人でした。移民に職を奪われるという不安だけではなく、エリート階級のキャメロン前首相への批判を込めて「離脱」に投票した人が多く、EUをめぐるイギリスの内部分裂は、階級社会を抜きにしては語れないことを悟りました。
ただし、あるタクシー運転手は「これからのイギリスは、ヨーロッパ人だけじゃなくて、日本人や、アメリカ人や、世界中の人たちと仲良くなるんだ」と意気揚々で、これにはちょっと慰められました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

イギリス史上2人目の女性首相の誕生を受けて、急遽、テリーザ・メイの人物伝が出版されました。その半生を振り返る前提として書かれていたのは、司祭を父に持つ庶民の出身であり、2代遡れば労働者階級であるということ。祖父たちは兵士と靴職人でした。祖母は二人ともメイド。母方の祖母が務めていたお屋敷は、奇しくもキャメロン前首相の暮らすノッティングヒルにありました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

メイドの孫が首相の座に上り詰めるまでの基本にあったのは、熾烈な受験戦争を勝ち抜いて公立の進学校からオックスフォード大学に進んだ向上心と粘り強さでした。これは、キャメロン前首相がおぼっちゃま育ちで、ウィリアム・ハリー両王子と同じイートン校卒なのと対照的です。
就任演説で「すべての国民のための首相になる」と述べたメイ首相は、その後「グローバル・ブリテン」という表現で、世界に開かれたイギリスというビジョンも掲げました。この標語がクール・ブリタニアの再来とはならず、イギリスの行く末が混迷を深めているのは残念なことです。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

作家・評論家の吉田健一は、幼少期と大学時代をイギリスで過ごし、英国通で知られました。その彼はすでに1970年代、「英国に行っても、人からもの珍しそうに見られるということが殆どない」「日本人が英国に行っても、その点は実に気楽である」と体験を語っています。「英国だから英国人しか住んでいないなどと誰も思ってはいないので、英国も広い世界の一部である以上、どこの国のどんな人間が来るか解らず、従って、来たところで別に驚くことはないというわけなのである。事実、ロンドンの街には、アフリカの黒人も、茶色の皮膚をして目鼻だちが英国人よりも整ったインド人も、アラビア人も、支那人も、各自の国の服装をして歩いていて、誰もその方を振り返ったりしない」。

(引用は原文ママ、ちくま学芸文庫 吉田健一『英国に就て』より)
 

「イギリス人が今、目指すところ」

かつて、私は生まれ育った日本を飛び出し、そんな気楽さ、自由さに憧れてロンドンに渡りました。20年あまり経って、色々あったけれど、その憧れだけは決して裏切られなかったと断言できます。
パリとロンドンを行き来していた私が、子どもを一人で育てることになり、結局ロンドンを選んだのは、「パリにいるときの私は常に外国人だが、ロンドンにいるときは外国人であることを忘れている」と気づいたからです。鮭が生まれた川を遡って産卵するように、私は第二の故郷であるロンドンで出産し、子育てを始めました。こちらに親類が一人もいない日本人のシングルマザーである私も、黒髪に緑色の瞳を持ち日本語ばかりが達者な娘も、特別扱いされることなく、しかし周囲の人たちに必要十分な応援をしてもらいながら、毎日を楽しんでいます.
 

「イギリス人が今、目指すところ」

娘が通っている幼稚園では、子ども達の肌の色も髪の色もさまざま。送り迎えの時は中国やアメリカ訛りの英語に加え、フランス語、スペイン語、ポーランド語が親子の間で飛び交います。先生も7人のうち2人が外国人です。
娘が入学する予定の公立小学校でも、児童のうち白人のイギリス人は5割にとどまります。校長先生はスペイン人女性で、やはりスペイン人の「インテグレーション・マネージャー」(多様な生徒がそれぞれの個性を生かしながら学校に溶け込めるようにするための専門の先生)が常駐しています。学校のカレンダーを見ると、クリスマスや復活祭のほか、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教の年中行事、中国の旧正月に加えて、1月初めには「OSHOGATSU」の文字もありました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

先日、新教徒たちがメイフラワー号で新大陸に向けて船出した港があるプリマスに行きました。その近くの砂丘が広がる海岸では、果てしなく続く水平線に、イギリスが世界につながる海に浮かぶ島国であることが実感できます。
EU離脱がどんな形で実現するにしても、ひょっとして中止になるとしても。イギリスが今こそ、この混乱を乗り越え、多様性の強みを生かし、真に世界に向かって開かれた豊かな国になってほしい。
海の真ん中に沈んでいく夕陽に向かって、そう願いました。
 

「イギリス人が今、目指すところ」

 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
執筆家・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。