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イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか Posted on 2019/12/14 清水 玲奈 ジャーナリスト ロンドン

イギリスでは、4歳で小学校の最初の学年「レセプション」をスタートする。娘も、この秋から近所の公立小学校に通い始めた。
ロンドンに生まれ育った娘は私と二人暮らしで、家では日本語だけで会話している。日本語の絵本を楽しみ、英語の絵本は日本語に同時通訳して読み聞かせてきた。
先輩のお母さんたちから「幼稚園や学校に行くと、自然に英語を覚える」と異口同音に聞いていたので、英語教育は、2歳から通い始めた現地の幼稚園におまかせした。すっかり溶け込んで仲良しの友達もでき、先生たちには「あと数か月すれば英語を話すようになる」と言われ続けていたが、結局卒園してしまった。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

「うちの子に限って、英語ができない」という現実に直面したのは、小学校入学直前の家庭訪問のときだった。担任の先生に「お名前は」「あなたは女の子? 男の子?」と聞かれ、娘は質問の英語をおうむ返しするだけだったのだ。
担任の先生は若いアルメニア人女性で、恐縮する私に「私も小学校入学の頃は英語が全然できなかった。お家ではこれまで通り日本語で通して、でも英語も教えるように」と、慰めつつもきっぱりと言った。ギリシャ人であるさらに若そうな助手の先生は優しい笑顔で、「私が毎日一対一で特訓するから大丈夫」と言ってくれた。二人の先生のエキゾチックな響きの名前を覚えるところから、私たち親子の学校生活はスタートした。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

イギリスの小学校には教科書がない。学校のウェブサイトでは、授業で読む本のリストが公開されている。今学期中に読まれる十数冊の絵本を家にもそろえ、原文を読んで日本語に対訳する方式の読み聞かせを始めた。本好きの娘はいつものように新しい絵本に飛びついたが、私が英語と日本語で読み始めると「日本語だけで読むのがいい」と不満を言い、すぐに寝息を立てた。寝顔を見ながら、「そういえば中学の英語の授業は眠かったな」と、私は一人反省会を開いた。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

イギリスには入学式がなく、いきなり授業が始まった。初日、ドキドキしながら迎えにいくと、娘は「学校が楽しい」とにっこり。毎朝、一番乗りで教室まで走っていくし、週末には「早く学校に行きたい」と言う。
教室では30人の子どもが、カーペットに直に座る。先生だけではなく子どもたちも移民系の子が半数ほどだが、英語が全くできないのは娘だけらしい。娘は一番前の左の隅が定位置で、助手の先生がつきっきりでサポートしてくれている。
また、「この子をみんなで助けてあげるように」と先生が呼びかけたそうで、登下校の際、上級生も含む様々な子、そしてその親たちも名前入りで挨拶してくれる。娘は得意げな笑顔で手を振り、自らの「名声」を謳歌している。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

英語の授業では、フォニックスと呼ばれる教授法が採用されている。「m」の文字に山(mountain)、「a」の文字にりんご(apple)など、字と絵を組み合わせたカードを用い、アルファベットの発音を1文字ずつ段階的に覚えていく。その発音をつなげると「map」「bed」などの言葉がすぐに読めるようになる。家でも勉強できるよう、親向けの講習会も開かれた。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

私は通販で買ったカードやポスターを、家のダイニングや寝室の壁に貼った。一か月もすると、娘はあっという間に基本的な読み方を覚えた。少しわかるようになると楽しいらしく、私の対訳読み聞かせにもじっと耳を傾け、いくつかの表現が言えるようになった。
幼児でも、「英語環境に放り込まれただけではダメで、お勉強が必要」という娘のような子も、たまにはいるということだろう。フォニックスは、単語を一つずつ覚えていく伝統的なやり方と違って、もともと英語の語彙が乏しい移民などの子でも平等に学習効果をあげられることから、過去10年ほどイギリスの小学校で広く採用されているそうだ。娘も、そのおかげで救われた。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

近頃、娘の初めてのピアノ発表会があり、その写真を絵日記帳に貼って提出したところ、教室でプレゼンするよう先生に指名された。豪奢な会場のグランドピアノを弾く自分を指して、大胆にも「ディス・イズ・マイ・ピアノ」と言ったとか。みんなが拍手してくれたと報告し、そして高らかに宣言した。「私は日本語が好きなイギリス人って感じ。イギリスに住んでいる日本人でもあるけど、ロンドン生まれだし、お母ちゃんとはちょっと違う」。娘はロンドンの寛容な学校社会で、コミュニティーの基本である言語を身につけ、親からは独立した人生を歩み始めている。
 

イギリスの小学生は、どう英語を覚えるか

私にとって今年は、渡英して海外生活を始めてからの年月が、人生の半分に達した記念すべき年だった。ブレグジットに揺れるこの頃だが、長年にわたって移民を受け入れ、多様性を力としてきた英国社会の成熟を、子育てのおかげで改めて感じている。
 



 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。