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イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか Posted on 2019/12/17 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

12月になるとクリスマスツリーを飾り、友人とカードを送り合う。クリスマスの当日は仕事を休み、家族でクリスマスクラッカーを鳴らして祝い、ごちそうを食べる。そんなイギリスらしいクリスマスの伝統の多くは、ヴィクトリア朝に誕生したものだという。1843年にディケンズの『クリスマス・キャロル』が出版されると、クリスマスは私欲を捨て、貧しい人に施しをするチャリティー精神とも結びつけられるようになった。
毎年11月末頃から12月にかけて、イギリスの子どもたちは「サンタズ・グロット」、つまり「サンタクロースの洞窟」に詰めかけるが、これも、産業革命のおかげで経済が豊かになったヴィクトリア朝の産物だ。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

人工の氷や雪に覆われた洞窟のセットで、サンタクロースが子どもたちを待ち受けている。子どもは、自分が一年間どんなにいい子だったかを主張する。いい子なら「プレゼントは何がほしい」と聞いてもらえるからだ。親はそばで子どもの答えを聞いて、枕元に置くプレゼントを用意する、という仕組みだ。これは1879年、リバプールのデパートが販促のために店内で始めたのが起源とされ、20世紀を通して全国に広がった。今もリバプールでは、「サンタクロースの洞窟発祥の地」の伝統を引き継ぐイベントが行われている。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

ロンドンの「洞窟」は高い入場料をとるところも多く、商業的だと感じて私は敬遠していたのだが、今年初めて、近所のショッピングモールの「洞窟」に娘を連れて行った。チャリティーイベントとのことだったし、娘の英会話の練習にもなるからだ。午後3時からと聞いて少し前に行ってみたところ、「サンタクロースは、トナカイの餌やりに行っていますが、3時に戻ってきます」という看板が出ていて、子連れの行列ができていた。
サンタクロースは結局10分ほど遅れて、森の小人のような妖精の衣装を着た体格の良いお姉さん2人に連れられてきた。妖精たちは、恵まれない子どもたちのための募金のバケツと、チェックリストを持って入り口で待ち受ける。順番が来た子ども一人一人に(兄弟の場合は一緒に)、妖精は真面目な顔でチェックリストを見ながら、「お友達におもちゃを貸してあげた?」「野菜をちゃんと食べた?」「どのお野菜?」などと質問をしていく。娘は質問を一つずつよく考えながら、真剣な面持ちで「イエス」「キャロット」などと答えていった。すると妖精はにこりともせず「合格」と言って、中に通してくれた。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

娘が生まれて初めて会うサンタクロースは、立派な白髭をたくわえ、老練の舞台俳優といった趣(実際そうなのだろう)の紳士だった。穏やかなのに不思議によく通る声で、微笑みながら妖精の質問をいくつか繰り返した。「イエス」と答えた娘に、「楽しいクリスマスを過ごしてね。プレゼントは何がいいかな」。娘が力を込めて「ソックス」と答えると(きっと知っている単語をかたっぱしから思い浮かべたに違いない)、少し驚きつつも、「そうか、きっと靴下がもらえるよ」と言って、「これもどうぞ」と絵本をくれた。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

家に帰ると、私がマークス・アンド・スペンサーに注文した冬物の靴下4足が届いていた。寒さが日に日に厳しくなるロンドンで、娘はその「サンタクロースがくれた靴下」を愛用している。
小学校で先日開かれたクリスマスバザーでも、「洞窟」が設けられた。5ポンドのチケットを買っておいたところ、当日「サンタクロースはちょっと都合が悪く、15分遅刻します」というメッセージが携帯に届いた。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

薄暗い教室に張られた白いテントにやってきたのは若いおじいちゃんらしきサンタクロース。それでもすっかり役になり切っていて、本物に見えた。時間に追われていたからか、娘の名前と、「何がほしいか」だけを聞いた。娘が「ブック」と答えると、「そうか、きっとクリスマスには本がもらえるよ」と言って、サンタクロースの絵がついたチョコレートと、杖の形のキャンディーをくれた。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか

イギリスでロングセラーになっている育児書に「サンタクロースは本当にいるのと聞かれたら」という項目があった。模範回答は「本当はいない。嘘はいけないけれど、みんなで信じたふりをするのは素敵なこと」。
親に手を引かれてあちこちに出没するサンタクロースに会いに行き、自分の「いい子」度をアピールする子どもたちを見ていると、「全てこの世は舞台、男も女もみなただの役者だ」というシェイクスピア『お気に召すまま』のせりふが思い出される。騙されているのは、もしかしたら大人の方かもしれない。それでも、子どもが主役のクリスマスは、大人にとっても楽しい。
 

イギリスのサンタクロースは、なぜ洞窟にいるのか



 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。