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イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか Posted on 2019/12/21 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

イギリス人は衣替えの習慣がないが、冬物の引き出しに誰もが1枚は持っているのが、クリスマスジャンパー。クリスマスにちなんだデザインのセーター(イギリス英語で「ジャンパー」)のことだ。
映画「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001年)で、主人公のブリジット(レネー・ゼルウィガー)が、帰省先でクリスマスパーティーに出かける。この時に出会い、のちに真の恋人となる弁護士のマーク・ダーシー(コリン・ファース)が、お母さんの手編みらしい大きな赤鼻のトナカイの顔がついたセーターを着ていて、鮮烈かつ最悪の第一印象を残す。このシーンが、クリスマスジャンパー人気の火付け役となったとされる。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

あえて子どもっぽい、おしゃれとはほど遠いセーターを、特に大人の場合は半分以上冗談で着るのが、クリスマスジャンパーの着こなしの基本だ。柄は「北極でサンタクロースとともに暮らしている」とされるトナカイ、ペンギンやシロクマのほか、クリスマスツリー、雪だるま、星柄も登場する。冬が近づくと、スーパーやデパート、それにH&Mなどのファーストファッションの店まで、様々なデザインとサイズの「クリスマスジャンパー」を揃えるし、最近では高級ブランドでも売り出すところがある。イギリスでは、年齢も男女の別も関係なく、12月になると普段から着ている人をよく見かける。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

そして、12月の第2金曜日前後には「クリスマスジャンパーの日」がある。手持ちのセーターを着て登校・出勤し、世界の恵まれない子どもたちのために募金する日で、2012年にN G Oセーブ・ザ・チルドレンが始めた比較的新しいイベントだ。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

セーブ・ザ・チルドレンは1919年、イギリス人のエグランタイン・ジェブとドロシー・バクストン姉妹が、第一次世界大戦後にヨーロッパで飢餓に苦しむ子どもたちを助けるために結成したのが始まりで、国内から多額の寄付金を集めるようになった。ジェブは、子どもの権利に関する世界初の公式文書とされる「ジュネーブ子どもの権利宣言」を起草し、国連の「子どもの権利条約」の礎を築いた人物でもある。現在、日本を含む29か国にメンバー組織があり、戦争や災害、貧困に苦しむ子どもたちの権利を守るために120か国で活動している。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

セーブ・ザ・チルドレンによる「クリスマスジャンパーの日」公式H Pでは、「できるだけおばかなセーターを着よう…そして子どもたちのためにより良い世界を作ろう」と呼びかけている。
この日は、ふだんは制服がある学校の子どもたちも、ドレスコードがスーツの職場に勤める大人たちも、仲間たちに堂々とお気に入りのセーターを披露できるチャンス。2016年にはサッカーチームのアーセナルの選手全員がお揃いの赤鼻のトナカイのセーターを着た写真がメディアを彩るなど、有名人たちのサポートを受けて、瞬く間にイギリス人の間に広がった。今では誰もが知っているイベントだが、セーブ・ザ・チルドレンが始めたことを知らない人もいるし、職場やサークルが、独自の日付で「クリスマスジャンパーの日」を設けることもある。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

なぜ、おバカなセーターがチャリティーにつながるのかは謎だが、理由づけは特に問題にされず、ただイギリス人の心を掴んだことだけは確実だ。自分のセーターのダサさを自慢したり、相手のセーターをからかったりして、仲間意識、ひいてはコミュニティー精神を高めるということなのだろう。チャリティーは好きだがシャイなイギリス人たちは、「子どもたちを救おう」と声高に叫ぶのが恥ずかしくて、冗談めかした方が団結しやすいのかもしれない。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

今年は12月13日金曜日が、公式のクリスマスジャンパーの日だった。クリスマスの行事が続いた娘の学校で、最後の締め括りとなる行事だった。娘はチャリティーショップで買っておいた雪の結晶の柄の赤いセーターを着て、1ポンド硬貨を持って登校。先生が用意した白い箱に募金を入れた。この日は私も、娘が生まれる前から愛用しているマイ・クリスマスジャンパーを着て学校の送り迎えをし、一日を過ごした。フリーランスの私にとって憧れだったこのイベントに、初参加が叶ったのだ。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

「インディペンデント」紙は今年のクリスマスジャンパーの日を前に特集記事を組み、この日を「毎年の伝統」と書いた。イギリスで最も歴史の浅い年中行事かもしれない。一年で一番華やかな時期にあえてドレスダウンする12月の金曜日は、自虐的なユーモアとチャリティー精神を愛する英国の「伝統」だ。その起源に、ヨーロッパ大陸の子どもを救うために尽くしたイギリス人がいたことを、今思い出したい。
 

イギリス人は、なぜクリスマスにおバカなセーターを着るのか

 



 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。