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5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日 Posted on 2020/04/23 清水 玲奈 ジャーナリスト ロンドン

世界中で、新型コロナウイルスによる死者は16万人を超えたが、その間も、1日に約39万人の赤ちゃんが生まれている。そして、毎日誰かの誕生日が訪れる。
4月30日には、イギリスですっかり時の人となったキャプテン・トムことトム・ムーア退役大尉が100歳になる。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

 
キャプテンは国民保健サービス(N H S)の医療関係者のために、「100歳の誕生日までに自宅の庭を歩行器で100往復する」という募金活動を始めた。誕生日の2週間前に100往復を達成した様子はイギリス内外に放映され、当初の目標額1,000ポンドと桁違いの約2,800万ポンド(4月23日現在)の募金を集めた。2週間前は無名の老人だった彼に、すでに65,000通のバースデーカードが寄せられたという。
やはり4月生まれの娘は、先日5歳の誕生日を迎えた。以前は、お友だちを家に招いてパーティーをすることと、プレゼントとしてロンドン動物園に初めて行くことを約束していた。今月に入ってから「あといくつ寝ると誕生日」と指折り数えていた娘は、当日の朝、張り切って起きてきた。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

「ハッピーバースデー」と書かれた風船をリビングに飾って、一緒にケーキを作ったが、それ以外は昨日と何も変わらない静かな朝であることに気づく。「いつ誕生日になるの?」といぶかる娘に、「前から言っているように、病気が流行っているから誰も来られない。でもお祝いはちゃんとしよう」という説明を繰り返すしかない。娘は「誕生日がすぎたら動物園に行けるってことだね」と言いながら、次の週末の日付を選び、カレンダーに「Z O O」と書き込んだ。
いつものように朝の公園に出かけた。動物園はお預けだが、人も車もまばらな街を闊歩するキツネを見かける。散歩中の犬や、春の求愛で忙しそうな野鳥やリスとの出会いにも事欠かない。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

排気ガスが減ったおかげで澄みきった青空のもと、季節は確実に進んでいて、青葉が茂り、さまざまな野花が咲いている。林の中を追いかけっこしたあと白い雪の結晶のような花に見惚れている娘に、5歳の誕生日はどんな気分? と聞くと、小さな声で「楽しい」と言った。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

帰り道、娘の幼稚園の時の先生で、今では友人になったアンナの家に立ち寄った。私が借りる本と一緒に、手作りドーナツを玄関のドアノブにかけておいてくれた。それをピックアップする私たちに、アンナと夫のロベルトは二階の窓から声をかけ、ヨークシャーテリアのグリスーと一緒に手を振った。「まるでロミオとジュリエットみたいだね」と言いつつ、私たちはソーシャルディスタンシングを保ってしばしの再会を喜びあった。「家からほとんど出ていない」という夫妻と犬はちょっと太っていて、でも元気そうだった。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

家に帰って銀紙を開けると、容赦ない大きさの5個のドーナツが出てきた。生地にジャガイモを使ったナポリ風で、もちもちした食感がたまらないマンマの味。

娘はこれを3個たいらげた。私と一緒に作ったケーキも、お昼ごはんも、全然食べない。ふだんは「ごはんもちゃんと食べよう」と説教する私も、この日ばかりは好きなようにさせた。体の栄養と同じくらい、心の栄養も大事なのだ。
それから、「モンテッソーリのバースデーセレモニー」をした。これは、モンテッソーリ教育法に特有の誕生日の祝い方だ。太陽に見立てたろうそくを床に置き、子どもが地球の形のボールを持って、その周りをまわる。生まれた日が出発点で、1周で1歳、2周で2歳という風に、過去の子どもの写真を見て成長を振り返りつつ、5歳なら5周する。一年間は地球が太陽の周りを一周するのにかかる時間であることを学び、さらに、生まれてからの成長を振り返るという趣旨だ。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

ケーキを食べてプレゼントをもらうだけのパーティーとは違って、誕生日の重みを子ども心にも実感できる。昨年は幼稚園で、アンナ先生やお友だちが見守る中「太陽」の周りを4周した。今年の家でのセレモニーでは一周増えて、やはり特別な気分になれたようだ。「この秋にはイヤーワン(小学校の2年目で義務教育開始)だね」と言うと、「違うよ、Year Oneでしょう」と唇を思いっきり突き出して私の発音を訂正した。憎たらしいが、すくすく成長してくれてありがたい。
締め括りは、休校になってからの日課である英語の絵本づくりだ。記念すべき20冊目のタイトルは「ドーナツ」。「今日は誕生日です。ケーキのかわりに、ドーナツを3個食べました」と娘は習いたてのアルファベットで書いた。
地球は太陽の周りをまわり続け、季節はめぐり、生命が生まれて成長していく。たとえハグはできなくても、友情は温かい。そんな当たり前の奇跡を静かに味わった特別な誕生日を、私たち親子は忘れないだろう。
キャプテン・トムも、100歳のバースデーパーティーの計画変更を余儀なくされたが、募金活動が大きな支持を集めたことを「私にとっては十分なパーティーだ」と言っているそうだ。
 

5歳も100歳も、ロックダウン下の誕生日

*参考 ティム・セルダン著、清水玲奈訳『才能を伸ばす驚異の子育て術 モンテッソーリ・メソッド』
(エクスナレッジ、2018年)

 




Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。