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イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと Posted on 2020/07/27 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

娘の小学校が夏休みに入った。学校は、3月下旬からの休校を経て、6月に再開していた。徹底した感染対策が行われて、1クラスの人数がふだんの半分になった。さらに4割ほどの親が感染を恐れて子どもを休ませ続け(一人親の私はそんな余裕ある親たちを心から尊敬した)、1グループは先生2人に子どもが10人ほど。教室も先生も同級生も様変わりしたが、娘は「前より楽しい」と言って贅沢な少人数教育を満喫し、休校期間を取り返してあまりあるくらい英語が上達し、私は心底ほっとした。人生、何が幸いするかわからない。
 

イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと

イギリス政府は「今年は学校で成績を出さない」と発表していたが、最終週には、先生の所見が書かれた簡単な通知表がメールで送られてきた。「ラーニングジャーナルを見せながら発表するのが得意で、ずいぶん成長した」とある。
「ラーニングジャーナル(学習日記)」とは、4〜5歳の最低学年「レセプション」の子どもに課される毎週末の(実質的に親の)宿題で、週末にしたことを写真や絵、文、切り抜きなどで記録する絵日記帳だ。表紙の裏に貼られた説明には「すべての体験は学びです」とある。私たちは毎週末、「ラーニングジャーナル映え」する活動を工夫し、できる限り本人の絵や文でページを仕上げ、発表のためのシンプルな英文を用意して一緒に練習した。気の強い娘と意見が衝突したことも数知れずだ。それでも娘は、英語が一言もできなかった入学当初から、クラスでその内容をプレゼンするのを楽しみ、英語を話す喜びを見つけてくれたのだった。
 



イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと

感染対策で学校に提出物は持ち込めなくなり、ラーニングジャーナルも3月で終了した。休校中に電話をくれた先生は「続けてもいいですよ」と言ったが、娘は見てもらえないページを作ろうとはしなかった。でも、このたびの通知表には、その後も「週末に家でしたことをいつも話してくれる」と書かれていたので、プレゼン好きになった成果は持続しているようだ。「一体何を話したの」と聞くと、照れて冗談ばかりでなかなか教えてくれなかったが、やっと「お母ちゃんが自転車に乗った」と言った、とだけは、自分で作った完璧な英文で、教えてくれた。

さらに、先生からは「おたくのラーニングジャーナルは、いつも学校で評判だった。今度の新入生の保護者にお手本として見せたいので貸してほしい」という名誉なリクエストもあった。娘に「がんばってよかったね」と報告すると、本人の当初の反応は「ふーん、貸してもいいよ」とクールだったが、3日後になって突然「私パイロットになるんだけど、お仕事がひとつじゃ退屈だし、それに子どもは親に似るっていうじゃない? だから、ジャーナリストのお仕事もするの」と言い出した。
パイロット志望の娘に、航空業界は再編を迫られているらしいから「他の仕事も考えておいたら」と言ったのを覚えていたのだろう。それにかねてから、私が書いた記事の掲載誌が届くたびに、娘はそれを眺めるのが好きだ。とはいえ、やはり母がプロデュースしたラーニングジャーナルをほめられたので、「母の背中」を見直したのかもしれない。
 

イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと

先生に渡す前に、親子で久しぶりにラーニングジャーナルのページをめくった。公園で拾った枝でのクラフト作りや、ハローウィンのかぼちゃスープ、クリスマスのジンジャーブレッドハウスなど料理やお菓子作り。それに、自然史博物館やテート美術館、V&A美術館、ロイヤルアルバートホールなど、ロンドンの名所にお出かけした記録。ピアノの発表会。母の仕事に同行したロンドン・ジャパンハウスでの雑誌撮影。札幌のおばあちゃん家で過ごした冬休みのスキー教室や初詣。公園でのランニングの集い。近所のプールの閉鎖直前に通った短期水泳教室。学校のカメを預かり、池で見つけたカエルの卵をかえしたこと。写真の娘も、絵や文字も、今よりずっと幼い。そして、「コロナ前」の日常は、数か月前のことなのにまぶしく、懐かしい。
 

イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと

親になって、さまざまなことを学ばせてもらってきた。娘の入学以来は、自分も初めてイギリスの小学生になった気分で勉強している。9月からの半年間、毎週末の私たち親子はラーニングジャーナリスト(さしずめ「見習いジャーナリスト」)として、「記録すること」と「伝える喜び」の大切さを学んだ。そして「学び」の幅広さと奥深さも。

夏休み前の最終日の朝、娘は「今日はファンデー(お楽しみ会)で、先生が作った菱形の変な帽子をみんなでかぶるんだ」と自慢した。午後に迎えに行くと、神妙な顔の子どもたちが紙の角帽をかぶって、「レセプション卒業証書」を手に、一列に並んで教室から出てきた。娘は、校庭で他の親とソーシャルディスタンスを保ちながら待っていた私を見つけると、満面の笑みで走り寄ってきた。9月からの新学年「イヤー・ワン」は、いよいよ本物の一年生だ。私たち親子は何を学ぶ のだろうか。
 

イギリスの小学生が「学習日記」で学ぶこと

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Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。