PANORAMA STORIES

三四郎日記「吾輩は犬である。ドッグトレーナーの神様」 Posted on 2022/03/27 三四郎 天使 パリ

吾輩は犬である。だんだんと理解出来るようになってきた。
自分がムッシュやジュートとは違うということも分かってきた。
ぼくは人間じゃなく、犬なのだ、と思わざるを得ない瞬間が増えてきた。そうだ、今日もそういう一日だった。
ぼくが自分の部屋の長椅子の上で寛いでいると、ムッシュがばたばたとやって来て、いつもの外出用ハーネスをぼくの胴体に巻きつけたのだ。
「さあ、三四郎、行くぞ」
ぼくが普段から散歩が嫌いなことは知っているでしょ? ぼくが一番好きな場所はムッシュの膝の上で、そこで寝ていられれば十分なんだけど・・・。
その辺の犬のように、リードで引っ張らて歩くのは屈辱的なんだよ。
それに、お外でピッピとかポッポとか恥ずかしいし。おしっこシートがあるじゃないですか?
「なに、ぐずぐずしてんだよ。三四郎、行くぞ」
ったく・・・。
ムッシュに引っ張られて、外に連れ出されてしまった。どうやら、車で出かけるらしい。ぼくはあの車という乗り物もまた、心底嫌いなのである。
あの振動も、あの音も、何か機械的な匂いまで、ぜんぶ、大嫌いだ。
でも、ムッシュは言い出したら聞かないし、飼い主なので逆らえない。
やれやれ。

三四郎日記「吾輩は犬である。ドッグトレーナーの神様」



「三四郎、着いたぞ。降りろ。ぐずぐずするな、遅刻してるんだ」
外に出てびっくりした。そこは先週と同じ、パリ郊外の森の中であった。
さらに奥へと続く道をどこまでも行くと、大勢の犬と人間が集まっている広場に出た。
だんだん、ぼくは思い出してきた。ぼくはそこで先週、いろいろな犬たちと一緒に訓練を受けたのだった。
ドッグトレーナーと呼ばれる先生たちが本当に厳しくて、へとへとになった。
嫌だよ、ムッシュ、あれはきつい、ぼくは帰りたい・・・。
でも、ムッシュはぼくのことなどお構いなし、リードをぐいぐい引っ張っていく・・・。
ムッシュ、あいつら、汚いし、野蛮なんだもの。
ほら、やってきた。大型犬数匹がぼくを目掛けて突進してくる。
いや、もちろん、それがやつらの挨拶だってことくらいわかるけど、ムッシュよりも大きな犬たちが、次々ぼくに乗っかってくるの、考えてみて、怖くないわけないでしょ?
一匹、ブルドッグのメスのおばさんがいて、マジ、しつこいのだ。ほっといてくれよ。ぼくはまだ子供なんだから!!!
今日もいる。ぼくを見つけてやって来た。匂いを嗅ぐなよ。ぼくは犬じゃない!
いや、犬なんだろうか・・・。
「吾輩は犬である」でこの日記は始まっているじゃないか・・・。

三四郎日記「吾輩は犬である。ドッグトレーナーの神様」



そして、今日も訓練が始まった。
調教用の首輪をはめて、ぼくのリードをムッシュじゃない別の誰かがひっぱる。ムッシュはぼくじゃない別の犬を引っ張っている。
ぼくのリードを引っ張ったのは若いドッグトレーナーのジュリア、でも、この人は怖い。
「サンシー、私より前に出たらダメ。私の足元にくっついて歩くのよ。オーピエ(足元に!)」
出た。また、オーピエだ!
「サンシー、オーピエ!!!」 
うんざりなんだよ。ぼくは歩きたい時に歩くし、寝転びたい時に寝転ぶよ。
そうじゃない時はムッシュに抱っこされて歩きたい。オーピエなんかいい迷惑だ。離せよ、離せってば!
「何、きゃんきゃん騒いでんだよ、このチビ」
ぼくが金切り声で叫んでいたら、驚くくらい知性的な声が背後から聞こえた。
振り返って、ぼくは二度びっくりした。
ああああ、ぼくと同じ、ミニチュアダックスフンドじゃないか・・・。
え? なんで、自分と同じってわかるのかって?
ハテ、なんでだろう? もしかして、自分を犬と認めないとならない瞬間なの?
「どうした、チビ」
「あ、いや、なんで、ぼくはきみがぼくと同じ種族だって、わかるんだろう?」
すると、そのぼくにそっくりなミニチュアダックスフンドの先輩が言った。
「本能だよ」
「ほんのー―――――――――――、それは何?」
「ちぇ、本能は説明しちゃいけないんだ。本能は生まれる前に決められたお前の理由だから、そこを追求するのは間違えている」
「えええええええ、理屈が通ってないし、ぼく、間違えているの?」
「余計なことは考えるな。ひたすら訓練をまじめに受けな。成長しない犬はただの犬でしかない。チビ、俺を見習え。俺の名前はリッキーだ。お前は?」
「あ、三四郎です」
「エリックとか、ピエールじゃダメだったのか? 覚えにくい名前だな」
「サンシーでいいです。サンシー・スマイル」
リッキーが鼻で笑って先に行ってしまった。成長しない犬はただの犬でしかない、という犬語がぼくの心に残った。
犬語? 犬語が理解できるということは、ぼくは人間じゃないのか・・・。
ダメだ。本能は生まれる前に決められたお前の理由だから、そこを追求するのは間違えている、というリッキーの言葉が頭の中で明滅を繰り返している・・・・。
ううう。

三四郎日記「吾輩は犬である。ドッグトレーナーの神様」



前半の訓練が終わって、ぼくがムッシュの足元で休んでいると、リッキーが他の犬たちとやって来た。
そして、リッキーがぼくのことをみんなに紹介しはじめた。
ぼくらは匂いを嗅ぎあって、親しみを交換しあったのだ。これも、本能のなせる業なのだろうか? 
匂いを嗅ぎあうことをなぜ、ぼくは知っているのだろう・・・。やっぱり、ぼくは犬なのだ・・・。
「サンシー、余計なことは考えるな。俺たち、ミニチュアダックスフンドの本能に従って生きればいい」
「リッキー」
「け、情けない顔すんなよ。俺は、お前くらいの時からここで訓練を受けてる。これはただの訓練じゃない。あそこにいるマダム・ボーベさんをみんな崇拝しているんだ。あの人だ。見ろ、あの中心にいる気高い人だよ」
白髪で高齢の背の高い男性のような女性であった。
確かにぼくも彼女に会った時、何か不思議な気持ちに包まれた。
引き込まれるものがあるし、逆らえない。
彼女がリードを持つとぼくの尻尾が勝手に左右にふりはじめるのだから、これはもう、理屈ではない。
こんなくだらない訓練なのに、ボーベさんの指導を受けると賢くなったような気持ちになるから不思議だ。
大型犬を手のひら一つで従わせている。
「オー、オー、オオオー」
と言葉ではない強い発声でみんなを操っている。
「俺は、あの人を尊敬してるんだ。あの人に愛されたくて、ここで頑張っている。あの人は女神みたいな存在だ。俺は訓練が待ち遠しいんだ。サンシー、あの人に認められたいから、一生懸命頑張ってる、それ以外の理由が必要かな?」
そこに、ボーベさんがやって来た。
ぼくをまっすぐに見つめながら、・・・。あわわわ。
すると、しゃがんで、ぼくの顔の前で、笑顔を拵えた。
「よく頑張ったね。サンシー、人間の前に出てはダメ、必ず足元にいること。とまれ、動くな、しゃがんで、この三つを忘れないで」
「わん」
ぼくは思わず返事を戻してしまった。
ボーベさんはポケットから小さな肉片を取り出し、ぼくに与えた。そして、頭をさすって、遠ざかって行った。美味しかったし、褒められてちょっと嬉しかった。
「おい、新米。よかったな。じゃあ、また、来週・・・」

つづく。

三四郎日記「吾輩は犬である。ドッグトレーナーの神様」

そして、お知らせだよ。
ぼくの父ちゃんが主宰する地球カレッジの文章教室がまたまた、あるみたい、笑。
2022年の4月24日だそうです。ぼくも参加するので、ご興味ある皆さん、ぜひ、ご参加ください。
詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいね。
わん!

地球カレッジ



自分流×帝京大学

Posted by 三四郎

三四郎

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2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。