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自分流塾「自分を理解してあげることが、身も心も楽になる道なのだ」 Posted on 2021/03/02 辻 仁成 作家 パリ

ぼくの初期の小説のテーマは「自分探し」であった。
逆を言えば「自分は何だろう」と思ったことがぼくを小説家にさせた。
いろいろな作家がいるので、作家の数だけ動機があるわけだが、ぼくは間違いなく、自分を見つけるために作家になった、ということである。
そして、この永遠の疑問と向き合うためにぼくは小説をその入り口とした。
なぜ「自分探し」をはじめたのであろう?
自分を探すことで、もしかするとぼくは世界を理解しようとしたのかもしれない。
だから、ぼくは初期の頃、ずっと一人称の小説ばかり書いていた。
動作の主体が常に自分なので、世界を考察しやすかった。
幼い頃、若い頃、世界は無限であった。計り知れない可能性があった。
今はそうでもない。
ぼくの中の「自分探し」もある程度やりつくした感がある。
もちろんまだミステリアスな自分もいるけれど、予測が付くようになってきた。
つまりぼくは自分を理解するまでに、半世紀もの時間を要したことになる。
やれやれ。人間とはなんて面倒くさいのであろう。

自分流塾「自分を理解してあげることが、身も心も楽になる道なのだ」



皆さんはご自分のことをどこまで理解出来ているだろうか?
「自分探し」など考えたことがないという方も多いかもしれない。
「自分なんて探さなくても、もう最初から分かってるよ、だって、自分なんだから」
こういう意見もあるだろうけど、果たしてそうだろうか?
勝手にイメージを押し付けられて、本当の自分は無理してたりしないだろうか?
「俺はこういう人間だから」「私は私のことを一番分かってるんだから」
それは本当だろうか?
そのせいで、自分を自分で追い込んでいるということも考えられる。
本当の自分に耳を傾け、自分の相談相手になることが出来たら、もっと楽に生きられるのかもしれない。
ぼくは段階的に、20代、30代、40代、50代と時間をかけて自分を理解していった。
いいところもダメなところも全部知り尽くすのには結構な時間が必要だった。
こういう時に、こういう自分が出るんだ、と驚いたこともあった。
昔は絶対自分は正しいと思って生きてきたけど、それが正解ではないことも悟った。
間違えた自分も含め、その未熟な自分を受け止めること、その凝り固まった考えを改めること、それが人生の長い道のりでもあった。
しかし、一直線だった自分のことを少しずつ理解することが出来て、軌道修正や、前もって予防線を張ることなども出来るようになり、今は多少、自分を操ることも可能になった。
その分、生きやすくなったし、その分、世の中と自分との距離も保てるようになった。
それを成長と呼んでもいいのかな、と思う。
やれやれ。

自分流塾「自分を理解してあげることが、身も心も楽になる道なのだ」



人間は生まれた時に自分という世界を与えられる。
まっさらなパソコンみたいなもので、幼少期に人間はそのパソコンを初期化する。
初期化はある程度の時間がかかるけれど、物心がつく頃までにはだいたい終了する。
そこから自分というパーソナルコンピューターが活躍を開始するのだ。
出会いや別れを通して、自分が作られていく。
学習することで大きなデータを持つ、経験することで可能性を持つことが出来る。
今のぼくの自分コンピュータはほぼデータがフルの状態にまで拡大した。
これを整理し、このコンピューターの最終使命に向けて、最後の軌道修正をしているところだ。
己を知ることでまた世界を知ることが出来る。
若い人たちがまずやるべきことは、自分の確認と設定かもしれない。
自分を理解出来れば、苦しみからも解放されやすくなる。
どこまで頑張ればいいのかもわかるし、それ以上やる必要がない境界線を見極められる。
自分に優しく出来る人というのは、自分を心得ている人であろう。
もしも、今、とっても苦しいのであれば、自分の境界線を知り、自分をなだめ、自分に優しくしたらいい。
「君はもう十分やったんだから、力を抜いて」と自分に言い聞かせてみたらいい。
ぼくはなかなかこれが出来ず、苦労した。
でも、やっと最近、力の抜き方が分かってきた。還暦でやっと…。
やれやれ。

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余談になるが、最近、ぼくは自分は一つじゃない、と気がついた。
チーム自分、と呼んでいる。
手、足、脳、腰、心臓、肺、臓器、など、様々な自分が頑張って今のぼくが出来ている、と気がついた時に「チーム自分」という考え方が生まれた。
だから、厳しい仕事が終わってくたくたになった時、ぼくはチームに向けて、
「みんな頑張ったね、今日はぐっすり眠ろうや。明日、元気を取り戻すために。えいえいおー」と声をかけてから寝るようにしている。
心臓はとくにぼくが生まれた瞬間からずっと休むことなく働いてくれているぼくの中のぼくである。
自分をいたわることが出来るようになった今、ぼくの心も身体も安定している。
毎日、少しずつ、自分を理解していってあげたらいいのである。

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。