自分流・日々のことば
日々のことば、「晴れと雨」 Posted on 2026/03/07 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
晴耕雨読ということばがありますね。
晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家の中で読書をする、ということで、俗世間から離れてのんびり暮らすこと、を指しています。
まさに、理想的な生き方じゃないでしょうか?
小学校の頃、ぼくもこのことばを習い、そういう人生を歩んでみたい、と子供ながらに思ったものです。
でも、忙しくしている父親を見ているうちに、なかなかそんな生活は難しそうだな、と思うようになっていきます。つまり、現実を悟るようになっていくんですね。
そのうち、人生には思った以上の苦難があることに気が付き、晴れている時にも雨の日にも、ヘッドフォンで耳を塞いで、ハードなロックを聞き続けるようになります。そんな学生時代でした。
☆
人生って、思ったようにはならないものだ、と気が付くんですね。
幸せってなんだろうと、大雨の日に、考えたり、晴れた日に、ふと立ち止まったりするようになるわけです。
そんな辻少年もやがて辻青年になり、社会に出るようになり、さらに、いくつもの試練を経験するようになりました。
人生山あり谷ありのまるでジェットコースターのような日々を生きるようになるんです。
大人になると、もてはやされた時期もありましたが、ねたみや恨みを買いやすい性格だから、どん底のような人生も何度か味わい、また、這い上がっては落下し・・・、と人生はその繰り返しになるわけです。
そして、ある時、ぼくは自分を守るためのひとつのことばを編み出します。
それが、
「晴れてる時に雨を思う」
でした。
このことばは、のちに、「サヨナライツカ」という小説を生み出すことになります。

「晴れている時に雨を思う」
とはどういう意味なのか、ちょっとだけ、説明させて頂きます。
要は、自分を守る、ことばなんです。
人生は、山あり谷あり、ですから、ずっと頂点の人はいませんし、ずっと地獄という人もいません。多少の浮き沈みがあるのが人生ですし、人によっては波乱万丈な人生を生きたりもします。
つまり、成功していても、その成功はいつか、思わぬしっぺ返しにやられる、可能性が高い、ということです。その逆もあるでしょう。逆の場合は、よくなるので、備えはいりませんが、幸せだな、と思ってるものがある日、どん底に叩き落とされるのはけっこう辛いものです。
そこで、
「晴れている時に雨を思う」
の法則が役に立つようになるんです。
ぼくも調子のいい時は、何度かありました。でも、それは続かないのだ、と悟っておけば、落下した時の痛手は少なくてすみます。普通の幸せでも、同じで、不意に、不幸に襲われるのはよくあることで、備えが必要になります。
今日は、心地よい快晴だとします。そういう時、さわやかな空を見上げつつ、ぼくは、雨が来ることを自分に悟らせようとするんです。いつか、雨になる。だから、今、浮かれていいんだけれど、その覚悟だけはしておけ、という感じです。
「晴れている時に雨を思う」
こう唱えておくと、大変、楽になります。幸せに酔いしれていると足元をすくわれるよ、ということですね。
いい話が舞い込んで有頂天になった時に、ぼくは自分にこのことばを手向けています。火の用心。
「晴れている時に雨を思う」
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。

今日のことば
「晴れている時に雨を思う」
今日のごはん
「パプリカのパスタ、タラのフライ載せ」

父ちゃんからのお知らせは、
3月18日に、エッセイ集「キッチンとマルシェのあいだ」光文社。
3月30日に、何か、がある。
4月2日、TPA開校。
8月5日から三越日本橋本店特選画廊A全面で「辻仁成展、鏡花水月」。
9月4日、小説「泡」、集英社「(予定)。
10月、パリ、アートフェア出展。
11月5日から22日まで、リヨンでの個展。会場の住所や、画廊連絡先については、また後日、ここで発表します。
11月、7か8日、パリでのライブ、予定、現在交渉中。それにあわせたツアーをしげちゃんが計画中。
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そして、父ちゃんが校長をつとめる「帝京×パリ、オンラインアートカレッジ」のHPはこちらです。(3月15日、12時で、一期生は締め切りとなります。ご注意ください)
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。


