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辻仁成展「鏡花水月」とは Posted on 2026/07/04 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
来月に迫った、父ちゃんの個展「鏡花水月」について、どういう個展になるのか、作品について、語ってみたいと思います。
どんな個展なんだろう、とか、ご興味ある皆さんもいると思いますので、どういう環境で、どういう想いや哲学をもって制作されたのかを少しだけ解説させて頂きます。

まず、これらの作品は、ノルマンディの森の中にあるアトリエ・ド・HITONARI・TSUJIにて、一点以外はすべて制作されました。(一点だけ、パリを描いた作品があり、それは、パリのアトリエで制作されました)
このアトリエは、(時々、部分的に、ご紹介しておりますが、もともと、アーティストの工房があった場所で)背後が森、前方が牧草地という創作にはうってつけの静かな空間、その上、自然にもたいへん恵まれています。
様々な種類の動物たちが敷地内を行き来します。鶴もいます。狐やイノシシも出ます。今日はキツネのふんの片付けもしました。
海までも近く、空が広いので、窓を全開にして、空と対峙しながら、メインアトリエで作品を作っています。ノルマンディは海沿いの地域なので、雲の移動も激しく、天候も変わりやすく、空には、まるで感情があるようです。
ノルマンディは多くの作家、画家を輩出しています。ふるくは、ニコラ・プッサンとか、最近では、デイビッド・ホックニーが隣村にアトリエを構えておられました。体調を崩され、ノルマンディを去り、故郷の英国で最後の空を見上げられましたね。
そういう芸術家に愛される土地に、ぼくも招かれ、ここの人たちとも交流を深め、魂や精神と響き合う作品がいくつもいくつも生まれています。
そういうトポスからの影響が今回の作品には色濃く反映されていると思います。

たとえば、こちらの絵をご覧ください。個展の広告用に作成されたポスターです。
これは、何かを見て生まれた作品ではありません。朝に、描き出した自分の中に降り積もった感情の結晶を固着させたものです。

辻仁成展「鏡花水月」とは

自分が見たことのない風景を描くことがあります。ほとんど、そうです。
何かを凝視してそれをデッサンするということはありません。自然に恵まれていますが、一点をじっとみて、それをそのまま描いたりしたことは一度もないんです。
子供のころ(仏陀ばかり,描いていました)から、ずっとそういうスタイルで、模写などは、皆無でした。そもそも、デッサンもしません。
小説も同じですが、構成図を考えたり、キャラクターの歴史を創作したり、ないですね。それらはすでに頭の中にいつもありました。むしろ、そのヒントになるような空気感を大切にしてきたと思います。とくに、絵の創作においては・・・。
けれども、ぼくがキャンバスに描く作品の風景はどこか懐かしく、ずっと以前から知っていたところのようなのです。
それはぼく自身の記憶ではなく、はるか昔の祖先たちから受け継がれた遠い記憶から、かもしれません。

たとえばですけれど、ぼくの遺伝子は、父と母から受け継がれていて、それらはには祖先から受け継がれた儚い記憶の痕跡も、あるいは混ざっているのじゃないか、と思うことがあります。
また、同時に、ぼくの魂には千年前の見知らぬ国の光景が染みついているような気がすることもあります。これは、遺伝子には関係ないですね、笑。
パリに初めて渡った40年ほど前、オデオン地区を歩いた時に、勝手に涙があふれたことがあり、でも、悲しくはなく、もはや、魂のレベルでの何か、が起こったと思ったわけです。不思議なことは、逆らわず追求しないのが、ぼくのスタイルです。

今は、英仏海峡に沈む夕陽を眺めるたび、悠久の記憶が揺さぶられます。ぼくは絵を描くことで、時を超えて人類の内に宿る、名もなき記憶の断片を呼び覚まそうとしているのかもしれません。そういうものを日本からしたらこの1万キロも離れた場所で、日本人のぼくが、さまざまな旅の挙句に辿り着き、キャンバスに絵の具を叩いているのですから、言葉で説明できるようなものではありませんね。繰り返しますが、ぼくにとって不思議は、不思議ではないのです。
だから、作品はどんどん生まれています。

辻仁成展「鏡花水月」とは

大自然の果て、遠くから届く、太古の声が、この詩のような世界を象りました。

辻仁成展「鏡花水月」とは



この個展には、一つ、はっきりとしたメッセージがあります。
それは「もののあわれ」のような感覚です。ぼくは小説「泡」を書いています。9月に出版されますが、その舞台は新宿なので、ぜんぜん、絵とは無縁のように思われますが、両者に共通したものがあります。それは、そこにあるけれど、掴んだら消えてしまうような淡い感情で構成されているという、点。
ぼくは日本語の「鏡花水月」とか「夢幻泡影」ということばが好きで、鏡に映った花だとか、水面に輝く夜の月だとか、幻や夢や泡や影のようなものの儚い世界の中に、人間がふとした時に人生を思う境地が隠されているように思ってしかたないのです。
水たまりに反射するギラギラとした太陽の方が、実際の太陽よりも、魂に迫るものがあります。それはいずれ消えてなくなる刹那の中の一瞬の美を、ぼくに与えてくれているからであり、直接の力にはない、その本質を描く裏側の存在理由を感じ取ることが出来るからです。太陽そのものよりも、水たまりに出来た揺らめく太陽の輝きに、美、を見ることが多いですね。
それをキャンバスに描いてきました。

多くは、三四郎と歩く、ノルマンディの牧草地、森、海などで、記憶を揺さぶりながらぼくの視界を通過した幻影たちです。けれども、同時に、それらは人間の存在理由を根本から揺さぶる、儚過ぎる美でもありました。
今回の、辻仁成展「鏡花水月」では、そういうぼくがとらえた美の結晶を皆さんに見て貰いたいと思っています。大きな作品が中心のぼくにしては大規模な個展になりまして、入り口と出口があります。美術館のような装置を画廊が作ってくださいました。その設計をぼくがやりました。皆さんは、美術館を見学するように、ぼくがキュレーターになって、絵をぼくの意識に沿って配置してありますので、ゆっくりと順路に沿って御覧ください。一度、会場を出てから、もう一度入って見直してもらえると、さらに深い魂の呼応があるように思います。ぼくの美術サイトに、ぼくが作曲した、bulles solitaires(孤独な泡たち)という曲が流れています。二度目に見る時にはイヤホンをして、それを聞きながら見てみるのもおすすめします。このサウンドは、ピアニストのエリック・モンティニー氏がアレンジを加え、ノルマンディとパリでレコーディングされたものです。アートと音楽の響きも、辻仁成の一つの現在位置となります。

辻仁成展「鏡花水月」とは

辻仁成展「鏡花水月」とは

辻仁成展「鏡花水月」とは

独り言、
既に、全作品は東京の中継画廊、新生堂さんに到着しており、画廊の方々が、個展への準備をされています。やり取りを日々やっておりますが、まるでぼくの心臓に入るような鼓動が会場のあちこちで感じられるのじゃないか、と期待してやみません。
三越日本橋本店、特選画廊でお会いしましょう。

音楽は、こちらのバナーをクリックしてもらえれば、聞くことが出来ます。個展会場では、イヤホンでお願いします。音を聞きたくない、絵に集中されたい人もいますので、ご理解ください。

辻仁成 Art Gallery

辻仁成展「鏡花水月」とは



Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。